茶臼山城、武士の粋 第5話:兵士たちの心
作者のかつをです。
第二十章の第5話をお届けします。
城主の行動が、兵士たちの心にどのような変化をもたらしたのか。
恐怖による支配ではなく、誇りと美学による結束。それが最強の防御となることを描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その日の夕暮れ。
武田軍は、攻撃を仕掛けることなく、陣を引いた。
「今日は、良いものを見せてもらった。攻めるのは、無粋というものよ」
敵将・武田光和がそう言ったという噂が、風に乗って聞こえてきた。
城内では、兵士たちが安堵の表情で座り込んでいた。
「助かった……のか?」
彦五郎は、へなへなと腰を下ろした。
緊張の糸が切れ、どっと疲れが押し寄せてくる。
だが、その疲れは、昨日までの絶望的な疲れとは違っていた。
心地よい、充実感のようなものがあった。
「俺たち、何もしてねえけどな」
権爺が笑いながら、彦五郎に握り飯を差し出した。
「いいや、俺たちは勝ったんだ。心で勝ったんだ」
彦五郎は、握り飯を頬張りながら言った。
武器で敵を殺すことだけが、戦ではない。
己の恐怖に打ち勝ち、誇りを守り抜くこと。
殿は、そのことを身をもって教えてくれたのだ。
「茶の湯か……。俺にはよくわからんが、すげえもんだな」
「ああ。あの一服が、数千の敵を追い返したんだからな」
兵士たちは、緋毛氈が敷かれていた場所を見上げた。
そこにはもう誰もいない。
だが、あの時感じた凛とした空気、そして茶の香りだけは、まだそこに残っているような気がした。
彼らは知ったのだ。
自分たちは、ただ消費されるだけの駒ではない。
誇り高い武士の、家臣なのだと。
その夜、城内の見張り台からは、いつになく力強い歌声が聞こえてきた。
死への恐怖は消えていた。
明日、もし敵が攻めてきたとしても、彼らはもう逃げないだろう。
殿が守ろうとしたこの「粋」を、今度は自分たちが命を懸けて守る番だ。
彼らの心は、一つになっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
史実では、その後も戦いは続きますが、この「茶会」の逸話は、極限状態における人間の精神性の高さを伝えるものとして、長く語り継がれています。
さて、物語はいよいよフィナーレへ。
次回、「文化の力(終)」。
この伝説が、現代に何を問いかけるのか。
全20章の締めくくりです。
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