茶臼山城、武士の粋 第4話:一服の茶
作者のかつをです。
第二十章の第4話をお届けします。
敵将との粋なやり取り、そして変化する城内の空気。
茶の湯という文化が持つ力が、殺し合いの場を別の空間へと変えていく様を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
房胤が点てた一服の茶。
鮮やかな緑色の泡が立つその茶碗を、彼は敵陣の方へと掲げた。
「武田の御一同! 遠路はるばるのお越し、ご苦労に存ずる! 粗茶ではあるが、一服いかがかな!」
朗々とした声が、谷間にこだました。
それは挑発ではなかった。
心からの、もてなしの言葉のように響いた。
武田の陣がどよめいた。
「なんという……。我らを客として扱うと言うのか」
「あの余裕。やはり、援軍が近くまで来ているのでは?」
敵将・武田光和は、馬上で腕を組み、じっと房胤を見つめていた。
やがて、光和はニヤリと笑った。
「面白い。その度胸、気に入った」
光和は弓を手に取ると、矢の先に扇子を結びつけ、城へと放った。
ヒュッ!
矢は、房胤の目の前の柱に、カツンと突き刺さった。
「頂戴しよう!」
それは、敵将からの返礼だった。
房胤は微笑み、茶を飲み干した。
「うまい」
その一言が、彦五郎の耳にも届いた。
その瞬間、城内の兵たちの肩から、憑き物が落ちたように力が抜けた。
殿は、恐れていない。
敵の大軍を前にしても、茶を楽しむ余裕がある。
ならば、俺たちが怯える必要などないではないか。
「殿に続け! 茶を運べ!」
誰かが叫んだ。
兵たちは我先にと、水や菓子を運び始めた。
茶会は、いつしか城兵たちをも巻き込み、奇妙な宴の様相を呈し始めた。
殺伐とした戦場に、和やかな空気が流れ始める。
それは、武器を持たぬ「心」が、数千の武力を無力化した瞬間だった。
風に乗って、茶の香りが敵陣の方へと流れていく。
その香りは、血の匂いを消し去り、人間が本来持っているはずの「雅」な心を、敵兵たちの胸にも呼び覚ましていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
矢に扇子を結んで返す、というのは「平家物語」の那須与一のエピソードなどを彷彿とさせますが、武士同士のこうした「粋」なやり取りは、戦国時代にも美徳とされていました。
さて、この奇妙な茶会の結末は。
次回、「兵士たちの心」。
戦うことの意味を、兵士たちが問い直します。
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