茶臼山城、武士の粋 第3話:城主の奇策
作者のかつをです。
第二十章の第3話をお届けします。
ついに始まった、戦場での茶会。
敵を欺くための奇策でありながら、そこには武士としての矜持と美学が込められています。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
翌朝。
朝霧が晴れ渡ると、包囲する武田軍の兵士たちは、我が目を疑った。
茶臼山城の、敵から最もよく見える出丸の平場に、鮮やかな緋毛氈が敷き詰められていたからだ。
殺風景な戦場の土色の中で、その赤は、血の色よりも鮮烈に、そして優雅に輝いていた。
「なんだ、あれは?」
「敵は、降伏の宴でも開くつもりか?」
ざわめく敵兵たち。
その視線が集まる中、城主・白井房胤が、茶道口から静かに姿を現した。
鎧兜は着けていない。
着流しに、羽織という、まるで客人を迎えるような出で立ちだった。
房胤は、毛氈の中央にゆったりと座すと、傍らの茶釜に手を伸ばした。
炭が爆ぜる、パチパチという微かな音が、静まり返った戦場に響く。
彦五郎たち城兵は、固唾を飲んでその後ろ姿を見守っていた。
もし、今、敵が一斉射撃を仕掛けてきたら、殿は蜂の巣だ。
だが、武田軍は動かなかった。
いや、動けなかったのだ。
あまりにも堂々とした、そしてあまりにも非常識なその光景に、完全に毒気を抜かれてしまっていた。
「……あれは、罠か?」
武田の将が、疑心暗鬼に陥る。
「あのような無防備な姿を晒すとは。伏兵がいるに違いない」
房胤は、そんな敵の動揺など意に介さず、流れるような手つきで茶を点て始めた。
茶筅が茶碗の縁に当たる、カッカッという音。
湯が注がれる音。
その一つ一つの所作が、美しく、洗練されていた。
そこだけ、時間が止まっているようだった。
戦の殺気も、死の恐怖も、この赤い毛氈の上には存在しなかった。
あるのは、一服の茶を求める、純粋で静謐な心だけ。
彦五郎は、震えるのを忘れていた。
美しい。
敵に囲まれた城の上で、命を賭して茶を点てる主君の姿が、涙が出るほど美しく見えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「空城の計」という兵法がありますが、房胤の行動はそれに近いものがあります。あえて隙を見せることで、敵に警戒心を抱かせ、手出しをさせない。高度な心理戦です。
さて、点てられたお茶。それは誰のためのものなのでしょうか。
次回、「一服の茶」。
茶の香りが、戦場に奇跡を起こします。
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