茶臼山城、武士の粋 第2話:絶望の中の静寂
作者のかつをです。
第二十章の第2話をお届けします。
静寂という名の恐怖。精神的に追い詰められていく兵士たち。
その中で下された、あまりにも場違いな命令。物語が動き出します。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
包囲されてから三日が過ぎた。
武田軍は、すぐには攻めてこなかった。
圧倒的な兵力差を背景に、じわじわと締め上げ、我らが自滅するのを待っているのだ。
時折、威嚇の矢が飛んでくる以外は、不気味なほど静かだった。
だが、その静寂こそが、何よりの拷問だった。
「いつ攻めてくるんだ……」
「夜か、それとも明け方か」
彦五郎は、見張り台で膝を抱え、漆黒の闇を凝視していた。
風が草を揺らす音にもビクリとし、鳥の羽音にも心臓が跳ねる。
極限の緊張状態が続くと、人はまともな思考を失っていく。
「もう、いっそ殺してくれ!」
突然、若い兵士が錯乱して叫び声を上げた。
「静かにしろ! 敵に聞こえるぞ!」
仲間が慌てて口を塞ぐが、その目もまた、恐怖で泳いでいた。
城内の士気は、崩壊寸前だった。
誰もが、自分の死ぬ場面を想像し、怯えていた。
そんな中、城主・白井房胤から、信じられない命令が下された。
「城内の、緋毛氈をすべて集めよ。そして、茶器を用意せよ」
「は……? 茶器、でございますか?」
家臣たちは、我が耳を疑った。
戦の準備ではなく、茶の準備をせよと言うのか。
「殿、ご乱心召されたか!」
「敵は目の前ですぞ! そのような遊興にふけっている場合では!」
口々に反対する家臣たちを、房胤は静かに制した。
「遊興ではない。これは、戦じゃ」
房胤は、愛用の茶碗を愛おしそうに撫でながら言った。
「敵は、我らが恐怖に震え、縮こまっていると思っておるだろう。その思い込みこそが、奴らの隙となる」
「しかし……」
「よいか。武士たるもの、いかなる時も心を乱してはならぬ。死を前にしてこそ、平時の嗜みを忘れてはならぬのだ」
房胤の目は、真剣そのものだった。
「明日の朝、敵の目の前で茶会を開く。これは、我らの『心』を見せつける戦いじゃ」
その言葉に、家臣たちは言葉を失った。
狂気か、それとも英断か。
彦五郎は、運ばれていく赤い毛氈を見ながら、得体の知れない震えを感じていた。
この殿様は、一体何をしようとしているのか。
だが、その命令によって、城内の空気が、恐怖から「困惑」と「好奇心」へと変わったことだけは確かだった。
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緋毛氈とは、茶会などで使われる赤い敷物のことです。戦場には似つかわしくない鮮やかな赤色が、次の展開の鍵となります。
次回、「城主の奇策」。
敵軍の目の前で、前代未聞の茶会が始まります。
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