茶臼山城、武士の粋 第1話:敵軍の包囲
はじめまして、作者のかつをです。
本日より、最終章となる第二十章「包囲の中で茶会を ~茶臼山城、武士の粋~」の連載を開始します。
広島市安佐南区に残る茶臼山城。そこで語り継がれる、一風変わった籠城戦の伝説を基にした物語です。
血なまぐさい戦場に咲いた、一輪の花のような「武士の粋」を描きます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島市安佐南区。
太田川の流れを見下ろす小高い山、茶臼山。その山頂にかつて存在した城は、今では静かな公園となり、市民の憩いの場となっている。
だが、天文十一年(一五四二年)。この場所は、安芸国における激しい勢力争いの最前線であった。
城を守るのは、白井氏。攻めるは、安芸の守護・武田氏。
圧倒的な兵力差。絶望的な包囲網。
その極限状況の中で、城主が見せた常識外れの行動が、敵味方を超えて人々の心を揺さぶることになる。これは、武力ではなく、「心」で戦った武士たちの、粋で美しい伝説の物語である。
◇
「……蟻の這い出る隙間もない、とはこのことか」
城兵の彦五郎は、城壁の隙間から眼下を埋め尽くす敵軍を見下ろし、乾いた唇を舐めた。
武田軍の旗指物が、波のように山を囲んでいる。その数、数千。対する我ら茶臼山城の兵は、わずか数百に過ぎない。
援軍のあてもなかった。
主家である大内氏は遠く、近隣の国人たちも武田の威勢を恐れて日和見を決め込んでいる。
「彦五郎、震えているのか」
声をかけてきたのは、古参の足軽頭、権爺だった。
「震えてなんかいませんよ。ただ、武者震いってやつです」
彦五郎は強がりを言ったが、槍を握る手は汗で滑りそうだった。
「正直でいい。わしだって怖い。死ぬのは誰だって怖いもんじゃ」
権爺はそう言って、寂しげに笑った。
城内の空気は、澱んでいた。
水も食料も、まだある。だが、「希望」という名の糧だけが、底をつきかけていたのだ。
兵たちの目からは生気が失われ、ただ死を待つ囚人のような顔をしている。
そんな重苦しい空気の中、城主・白井房胤だけは、普段と変わらぬ涼しい顔で広間に座していた。
「殿、いかがなされますか。このままでは、士気に関わります」
家老が焦燥しきった顔で進言する。
房胤は、手元の扇子をパチリと鳴らし、静かに言った。
「……そうだな。皆、退屈しておるようだな」
退屈?
死を前にして、退屈とは。
家老は耳を疑った。
だが、房胤の瞳には、絶望の色など微塵もなかった。そこには、何かとてつもないことを企んでいるような、悪戯っぽい光が宿っていた。
「面白い。ひとつ、敵の肝を抜いてやろうか」
房胤は立ち上がり、城内を見渡した。
その背中は、これから死地に向かう者とは到底思えぬほど、軽やかで、そして優雅だった。
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第二十章、第一話いかがでしたでしょうか。
絶体絶命の窮地にあって、なお余裕を見せる城主・白井房胤。彼の真意はどこにあるのでしょうか。
次回、「絶望の中の静寂」。
包囲戦特有の、息詰まるような時間が流れます。
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