比叡尾山城、輝元の決断 第6話:最後の山城
作者のかつをです。
第十九章の第6話をお届けします。
新城の建設を見守る場所として機能した比叡尾山城。
去りゆく山城への愛惜と、新時代への希望を対比させて描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
天正十七年(一五八九年)。
五箇の庄での築城工事が、ついに始まった。
輝元は、現場の指揮を執るため、比叡尾山城に入った。
結局、この城は本拠地にはならなかった。
だが、眼下に広がる大工事を見守るための、重要な「司令塔」としての役割を与えられたのだ。
山頂からは、埋め立て工事の様子が手に取るように見えた。
何千、何万という人夫が、蟻のように動き、土を運び、石を積む。
川の流れが変えられ、島と島が繋がり、見る見るうちに大地が広がっていく。
「壮観だな……」
輝元は、毎日飽きることなくその光景を眺めていた。
比叡尾山城は、静かだった。
戦のための設備は最小限に抑えられ、あくまで仮の宿としての簡素な作り。
だが、この山城の冷たい風と、眼下の熱気あふれる工事現場の対比が、時代の移り変わりを何よりも雄弁に物語っていた。
ある日、輝元は城の石垣に腰掛け、古参の兵士に話しかけた。
「この城も、もうすぐ役目を終えるな」
「寂しゅうございますか、殿」
「いや……。山城は、守るには良いが、人を拒む。これからは、人を招く城の時代だ。寂しくはない」
そう言いながらも、輝元の手は、苔むした石垣を愛おしそうに撫でていた。
祖父・元就が駆け巡った山々。
父・隆元が守ろうとした領土。
それらの記憶は、すべてこの山城の土の中に眠っている。
「わしは、山を下りる。だが、魂はここに置いていくわけではない。この山の魂も、あの新しい城へ連れて行くのだ」
輝元は、新城の方角を指さした。
そこには、まだ骨組みだけの天守が、夕日を浴びて金色に輝いていた。
比叡尾山城。
それは、毛利家にとって、中世と近世を繋ぐ架け橋のような城だったのかもしれない。
その役目を静かに終えようとしている山城に、輝元は深々と頭を下げた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
比叡尾山城は、広島城完成とともにその役割を終え、廃城となりました。まさに、時代の節目に立ち会った城と言えるでしょう。
さて、いよいよ新しい城が完成し、その名がつけられます。
次回、「平城の夜明け(終)」。
第十九章、感動の最終話です。
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