日山城、疑心暗鬼の砦 第6話:血を流さぬ勝利(終)
作者のかつをです。
第二章の最終話です。
戦わずして勝つ。それは、兵法における究極の理想かもしれません。しかし、その裏には人の心を巧みに操る、恐るべき謀略がありました。その後味の悪さも含めて、この物語のテーマを感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
半日にも及んだ同士討ち。
日山城と東の砦の兵たちは、互いに多くの血を流し疲弊しきっていた。
もはや、どちらにも戦を続ける力は残っていなかった。
その、完璧な潮時を見計らって。
毛利元就は、静かに軍を動かした。
俺たち毛利・大内連合軍は、鬨の声を上げることなく静かに二つの城を包囲した。
敵兵たちは、俺たちの整然とした旗指物を見て、初めて自分たちが何に踊らされていたのかを悟ったのだろう。
その顔には、憎しみでも恐怖でもなく、ただ深い絶望の色が浮かんでいた。
元就様は、両城に使者を送った。
「――これ以上の無益な殺生は好まぬ。速やかに城を明け渡し、降伏せよ。さすれば、城兵の命は保証する」
もはや、彼らに抵抗する力はなかった。
その日の夕暮れには、日山城にも東の砦にも、大内家の旗が静かに掲げられた。
味方の血は一滴も流れなかった。
敵同士を殺し合わせることで、戦わずして二つの城を手に入れた。
これこそが元就様が描いた、「血を流さぬ勝利」の恐るべき結末だった。
俺、疾風の仕事も終わった。
俺が放ったたった一本の矢が、二つの城を落とし、多くの人間の運命を狂わせた。
俺の心に達成感はなかった。
ただ、底なしの虚しさだけが広がっていた。
◇
数日後、吉田郡山城に戻った俺は、元就様から労いの言葉と、わずかばかりの褒美をいただいた。
「見事であったぞ、疾風。お主の働きなくして、この勝利はなかった」
俺は何も答えられなかった。
ただ、深く頭を下げるだけだった。
俺は影。
光の当たる場所には決して出ることのない、道具。
それで、いい。
俺はそう、自分に言い聞かせた。
◇
……現代、東広島市。
日山城跡は、今は山頂に小さな祠が残るだけの、静かな山となっている。
ここに、かつて兄弟のように固い絆で結ばれていたはずの城が、一本の矢によって崩壊したという悲しい歴史が眠っていることを、知る人はほとんどいない。
ただ、山頂を吹き抜ける風の音だけが、謀神の冷徹な囁きと、それに翻弄された人々の遠い日の嘆きを、今に伝えているかのようだった。
(第二章:偽りの矢文 ~日山城、疑心暗鬼の砦~ 了)
第二章「偽りの矢文」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
この日山城の戦いは、毛利元就の謀略の鮮やかさと恐ろしさを象徴するエピソードの一つです。
さて、謀略によって安芸国での地盤を着実に固めていく毛利元就。
次回から、新章が始まります。
第三章:宴の後の惨劇 ~亀寿山城、謀殺された城主~
今度の舞台は、友好の「宴」。笑顔と盃の裏で、静かに進められる暗殺計画。元就の非情な決断が、また一つの城を悲劇に陥れます。
引き続き、この壮大な山城史探訪にお付き合いいただけると嬉しいです。
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