甲山城、池に散った命 第5話:侍女たちの覚悟
作者のかつをです。
第十八章の第5話をお届けします。
物語のクライマックス。侍女たちの純粋な忠誠心と、集団自決という悲劇的な結末を、月夜の情景と共に描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「参りましょう」
小萩が、千代の手をしっかりと握った。
他の侍女たちも、互いに手を取り合い、一つの輪を作った。
震えている手もあった。すすり泣く声もあった。
死が怖くないと言えば嘘になる。まだ、恋も知らず、生きたいと願う心もあっただろう。
だが、彼女たちはその手を離さなかった。
一人では怖くても、皆と一緒なら行ける。敬愛する奥方様と一緒なら、どんな暗闇も怖くない。
「南無阿弥陀仏……」
誰かが念仏を唱え始めた。
その声は次第に大きくなり、炎の音や兵士たちの怒声をかき消していった。
「……小萩。そなたの淹れてくれた茶は、いつも美味しかったよ」
千代が、最期の言葉をかけた。
「奥方様……向こうに行っても、また淹れさせていただきます」
小萩は涙でぐしゃぐしゃの笑顔を見せた。
千代は頷き、池の方へと一歩を踏み出した。
水面には、美しい月が出ていた。燃え盛る城の煙の切れ間から、満月が彼女たちを照らしていたのだ。
「月が、綺麗ですね」
若い侍女が、うっとりと呟いた。
この世の最期に見る景色が、こんなにも美しい月夜でよかった。
彼女たちは、まるで花見にでも行くような足取りで、静かに水の中へと進んでいった。
冷たい水が、足首を、膝を、腰を濡らしていく。
着物が水を吸い、重くなる。
それでも、彼女たちは繋いだ手を離さなかった。
「さようなら」
誰かが言った。
そして、水音が響いた。
バシャッ、バシャッ。
次々と、水しぶきが上がる。
それは、池に咲いた、白く儚い花のようだった。
敵兵たちは、ただ呆然とそれを見ていることしかできなかった。
手出しをすることさえ忘れ、その壮絶で美しい最期に魅入られていたのだ。
やがて、水面は再び静まり返った。
波紋だけが、月明かりの下でいつまでも広がり続けていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
彼女たちが身を投げた池は、今も「丹生の池」として世羅町に残っていると言われています(諸説あり)。
さて、悲劇は終わりましたが、その記憶は土地に刻まれます。
次回、「水面に散る(終)」。
第十八章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




