甲山城、池に散った命 第4話:城主の妻の決意
作者のかつをです。
第十八章の第4話をお届けします。
主従の絆、そして死を前にした人間の気高さ。主人公・千代の凛とした姿を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
池のほとりに立った千代は、振り返って敵兵たちを一喝した。
「近づくな! この身に指一本でも触れれば、夫が、いや、この城の神が許さぬぞ!」
その凛とした声と気迫に、荒くれた兵士たちも思わず足を止めた。
燃え盛る炎を背にした千代の姿は、鬼気迫る美しさがあった。
「権藤に伝えよ。主君を裏切り、恩を仇で返したその罪、万死に値すると。わたくしは死して怨霊となり、貴様らの末代まで祟ってやるとな!」
それは、呪いのような、そして祈りのような叫びだった。
千代は、侍女たちに向き直った。
「皆、よくお聞き。ここで敵の手にかかり、生き恥を晒すことはない。わたくしは、この池に身を投げ、清らかなまま夫の元へ魂を飛ばす」
そして、彼女は優しく微笑んだ。
「だが、お前たちはまだ若い。隙を見て逃げなさい。そして生きて、この無念を伝えておくれ」
それが、主としての最後の慈悲だった。
しかし、小萩は一歩前に進み出た。
「いいえ、奥方様。私は逃げませぬ。奥方様がお一人で旅立たれるなど、この小萩、耐えられませぬ」
「私もです」「私もお供します」
侍女たちは次々と声を上げた。
「……馬鹿な子たちだね」
千代の目から、涙がこぼれた。
彼女たちはただの主従ではなかった。
共に笑い、共に泣き、この城で暮らしてきた家族だったのだ。
「わかった。ならば、参ろうか。皆で、極楽浄土へ」
千代は、懐の短刀を池の中に投げ入れた。
武器など、もういらない。
彼女は髪を整え、乱れた着物を正した。
死を前にしてもなお、彼女は甲山城の奥方としての品格を失ってはいなかった。
その姿を見て、敵兵の中には思わず手を合わせる者さえいたという。
覚悟は決まった。
水面は、炎を映して赤く輝いている。
それは、彼女たちを温かく迎え入れる、彼岸への入り口のようにも見えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「共に死ぬ」。それは現代の感覚では理解しがたい選択かもしれません。しかし、そこには彼女たちなりの強い絆と美学があったのです。
さて、いよいよその時が来ます。
次回、「侍女たちの覚悟」。
彼女たちは手を取り合い、最後の時を迎えます。
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