甲山城、池に散った命 第3話:落城の日
作者のかつをです。
第十八章の第3話をお届けします。
追い詰められた女性たち。逃げ場のない絶望の中で、彼女たちが選んだのは「誇り」でした。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
火の手は、瞬く間に本丸へと迫っていた。
千代と数人の侍女たちは、煙に巻かれながら裏門を目指した。だが、そこもすでに裏切り者の兵たちによって封鎖されていた。
「あっちへ行けば、女どもがいるぞ! 捕らえろ!」
下卑た男たちの声が聞こえる。
逃げ場はなかった。
千代たちは、城の奥にある庭園へと追い詰められた。
そこには、かつて夫と月を愛でた美しい池があった。今は、燃え盛る城の炎を映して、赤黒く揺らめいている。
「奥方様……もう、逃げ道はございません」
小萩が震える声で言った。
周りを取り囲むように、松明の明かりが近づいてくる。
「観念しろ! 権藤様がお待ちだ!」
兵士たちが、にじり寄ってくる。その目は、獲物を狙う獣のように飢えていた。
捕まれば、どうなるか。
辱めを受け、夫への人質として利用される。それは、死ぬよりも辛い屈辱だった。
千代は、懐から短刀を取り出した。
「……皆、すまぬな。わたくしのために、巻き込んでしまって」
千代の言葉に、侍女たちは首を横に振った。
「いいえ、奥方様。私たちはどこまでもお供いたします」
「敵の手にかかって汚されるよりは、潔く散りましょう」
彼女たちは皆、気丈だった。まだ年端もいかぬ少女さえも、その目には強い覚悟の光を宿していた。
千代は、彼女たちの顔を一人一人見つめた。
故郷に残してきた家族のこと、叶わなかった恋のこと。
それぞれの胸に秘めた思いを、すべてこの炎の中に置いていくのだ。
「……殿。お許しください」
千代は心の中で夫に詫びた。
あなたの妻として、恥じぬ最期を遂げます。
炎の熱気が、肌を焦がすほどに迫っていた。
城が崩れ落ちる音が、まるで世界の終わりの鐘のように響き渡る。
夜明けはまだ遠い。
この紅蓮の炎の中で、甲山城は最期の時を迎えようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
戦国時代の女性にとって、落城は自身の尊厳をかけた戦いでもありました。
さて、池のほとりに追い詰められた千代たち。彼女の決意が、静かに語られます。
次回、「城主の妻の決意」。
悲しくも美しい、最期の選択。
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