甲山城、池に散った命 第2話:家臣の裏切り
作者のかつをです。
第十八章の第2話をお届けします。
信頼していた家臣の裏切りにより、城は一瞬にして戦場と化します。戦国の世の非情さと、女性たちの恐怖を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その夜、城内は異様な静けさに包まれていた。
千代は、夫の帰りを待ちながら、縫い物をしていた。針を運ぶ手が、なぜか進まない。胸の奥がざわつくような、嫌な予感が消えなかった。
深夜。
突如として、城門の方角から怒号と悲鳴が上がった。
「何事じゃ!」
千代が立ち上がると同時に、障子が荒々しく開け放たれた。
飛び込んできたのは、血相を変えた小萩だった。
「奥方様! 大変でございます! 敵が、敵が城内へ!」
「敵だと? 門番は何をしておる!」
「それが……留守居役の権藤様が、裏切ったとのことでございます! 自ら門を開け、敵兵を引き入れたと!」
「権藤が……!?」
千代は言葉を失った。
権藤は、夫が最も信頼していた重臣の一人だった。まさか、その彼が。
廊下に出ると、すでに城内のあちこちから火の手が上がっていた。
「裏切り者め! 出あえ! 出あえーっ!」
忠義を尽くす家臣たちが応戦する声と、剣戟の音が響き渡る。だが、不意を突かれた城側の劣勢は明らかだった。
「奥方様、こちらへ! お逃げください!」
老臣の一人が、血まみれの姿で駆け寄ってきた。
「なりませぬ! わたくしは城主の妻。夫の留守に城を捨てて逃げるなど、武家の妻としてできませぬ!」
「なりませぬ! 権藤の狙いは、奥方様と若君様を捕らえ、殿への脅しに使うことにございます! 生きて、生きて殿にお会いくだされ!」
老臣はそう叫ぶと、迫り来る敵兵の前に立ちはだかった。
「行け! 早う!」
その背中が、敵の槍に貫かれるのを、千代は見た。
「……爺!」
「奥方様、参りましょう! 爺様の死を無駄にしてはなりませぬ!」
小萩が千代の手を引いた。
千代は涙をこらえ、燃え盛る炎の中を走った。
信じていた家臣の裏切り。
昨日までの平穏な我が家が、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変わってしまった。
これが、乱世の習いなのか。
千代の心の中で、何かが音を立てて崩れ落ちていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
城主の留守を狙ったクーデター。それは最も効果的で、卑劣な手段でした。
さて、火に包まれた城内を逃げ惑う千代と侍女たち。彼女たちに逃げ道はあるのでしょうか。
次回、「落城の日」。
追い詰められた女性たちの運命は。
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