甲山城、池に散った命 第1話:平穏な城
はじめまして、作者のかつをです。
本日より、第十八章「女たちの悲劇 ~甲山城、池に散った命~」の連載を開始します。
今回の舞台は、世羅町の甲山城。
城主の留守中に起きた裏切りと、残された女性たちの悲しい運命を描く、伝承を基にした物語です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県世羅郡世羅町。
なだらかな山々に囲まれたこの高原の町に、かつて「甲山城」と呼ばれる山城があった。
今高野山として知られる名刹、龍華寺の背後にそびえるその山は、春には桜、秋には紅葉が美しく彩る静かな場所である。だが、その美しい風景の裏には、戦国の世に散った女性たちの悲しい伝説が、今もひっそりと語り継がれている。
これは、男たちの野望と裏切りに翻弄されながらも、最期まで誇りを失わなかった城主の妻と、彼女に仕えた侍女たちの物語である。
◇
天文年間のある秋の日。
城主の妻である千代は、城の櫓から赤く染まり始めた山々を眺めていた。
「美しいのう。今年もまた、この景色を見ることができた」
千代が呟くと、傍らに控えていた侍女の小萩が微笑んだ。
「はい、奥方様。里の方では稲刈りも終わり、豊作だと聞いております。殿もお喜びでしょう」
城主である夫は、領民思いの誠実な武将だった。この世羅の地は、交通の要衝であるがゆえに常に他国の脅威にさらされていたが、夫の巧みな外交と、家臣たちの結束によって平和が保たれていた。
千代にとって、この甲山城での暮らしは幸せそのものだった。
夫を支え、城内の女中たちを束ね、時には里の神社へ豊穣の祈りを捧げに行く。そんな穏やかな日々が、いつまでも続くと信じていた。
「小萩。明日は、殿が遠征からお戻りになる日じゃな。好物の栗ご飯を用意しておこう」
「はい。殿もきっと、奥方様の手料理を楽しみにしておられますよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
城内には、穏やかな空気が流れていた。台所からは夕餉の支度をする賑やかな音が聞こえ、庭では子供たちが遊んでいる。
だが、千代は知らなかった。
この平穏な日常の皮一枚下で、どす黒い裏切りの根が静かに、しかし確実に広がっていることを。
城主の留守を預かる家臣の中に、敵と内通し、この城を乗っ取ろうと画策する者がいることを。
夕日が沈み、山影が城を覆っていく。
それはまるで、これから訪れる悲劇を予兆するかのように、静かに、冷たく、千代の足元へと忍び寄っていた。
「……少し、風が冷たくなってきたな」
千代は着物の襟を合わせ、ふと不安げな目で暗くなりゆく空を見上げた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十八章、第一話いかがでしたでしょうか。
嵐の前の静けさ。幸せな日常が描かれるほど、その後の悲劇が際立ちます。
さて、夫の帰りを待つ千代。しかし、城門をくぐるのは夫ではありませんでした。
次回、「家臣の裏切り」。
信頼していた者の手によって、城は地獄へと変わります。
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