日山城、疑心暗鬼の砦 第5話:同士討ち
作者のかつをです。
第二章の第5話、物語のクライマックスです。
ついに、元就の謀略が最悪の形で実を結んでしまいます。誤解と疑心暗鬼が生んだ、悲劇的な「同士討ち」の瞬間を、緊張感をもって描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その夜、俺、疾風は東の砦が見渡せる丘の上の闇に潜んでいた。
眼下の麓の森では、元就様の筋書き通り、大内軍の数十人の兵士たちが松明を手に集まっている。
やがて、その兵士たちの中に、日山城の三吉家の家紋をつけた数人の武者が馬に乗って合流した。もちろん、その武者たちは俺たち毛利が用意した偽物だ。
彼らは何か親しげに言葉を交わすと、すぐに闇の中へと別れていった。
すべては芝居だった。だが、その光景は東の砦の見張り台にいる兵士たちの目に、はっきりと焼き付いたはずだ。
案の定、砦の中がにわかに騒がしくなった。
見張りの兵が血相を変えて、城主・隆範の元へと駆け込んでいったのだろう。
「……やはり、まことであったか」
その頃、砦の広間では隆範が怒りにわなわなと震えていた。
「日山の従兄弟めが……このわしを裏切りおったか!」
もはや彼の耳には、家臣たちのいかなる諫言も届かない。
「殿、お待ちくだされ! それこそ敵の罠やもしれませぬ!」
「黙れ! この目で見たのじゃ! もはや疑う余地はない!」
隆範は、ついに決断を下した。
「全軍に伝えよ! 明朝、日山城からのいかなる使者、兵もすべて敵と見なす! 砦に近づく者は、一人残らず射殺せ!」
非情な命令が下された。
そして、運命の翌朝。
何も知らぬ日山城からは、いつものように数十人の兵を連れた使者の武将が東の砦へと向かっていた。おそらく、連携して大内軍をどう攻めるかの軍議のためだったのだろう。
彼らが砦の大手門の前までたどり着いた、その時だった。
砦の城壁から、一斉に矢の雨が降り注いだのだ。
「な、何をする! 我らは味方ぞ!」
日山城の兵たちは驚き、叫ぶ。
だが、砦からの攻撃は止まらない。
「裏切り者め! 地獄へ落ちろ!」
日山城の兵たちも、ついに抜刀し応戦を始めた。
悲劇だった。
昨日まで兄弟のように固い絆で結ばれていたはずの者たちが、今、互いに憎しみを込めて殺し合っている。
俺は、その光景を遠い丘の上からただ無表情に見つめていた。
これが、元就様の戦。
血を流すのは、敵同士。
味方の血は、一滴たりとも流さない。
その、あまりにも冷徹な、そして完璧な謀略を前に、俺はもはや恐怖さえも感じなくなっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
信頼関係が憎悪へと変わる瞬間。人間の心の脆さと恐ろしさが凝縮された場面かもしれません。
さて、互いに傷つけ合い、疲弊しきった二つの城。そこに、元就は静かに最後の一手を打ちます。
次回、「血を流さぬ勝利(終)」。
第二章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




