神辺城、備後の栄枯盛衰 第6話:解体の命令
作者のかつをです。
第十六章の第6話をお届けします。
城の解体と、新しい町への移住。喪失感の中にも、未来への希望を見出そうとする人々の姿を描きました。
「神辺一番乗り」の逸話は、この地域の歴史の連続性を象徴しています。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
解体工事が始まった。
カン、カン、という乾いた音が、連日山から響いてくる。
かつては、城を築くために鳴り響いた槌音が、今は城を壊すために鳴っている。
櫓が崩され、柱が運ばれていく。
そして、神辺城の誇りであった立派な石垣も、一つ、また一つと剥がされていった。
わたくし、市兵衛は、荷車に乗せられて運ばれていく石を見つめた。
その石には、苔がむし、長い年月の風雪に耐えた歴史が刻まれている。
「この石は、新しい福山の城の一部になるんじゃ」
人夫頭が、複雑な表情で言った。
「『神辺一番乗り』というてな、福山城の石垣の中で、一番良い場所に据えられるそうじゃ。それが、せめてもの手向けかもしれん」
神辺一番乗り。
それは、神辺城の石垣が、福山城建設の資材として最初に運び込まれたことを指す言葉として、後に語り継がれることになる。
わたくしは、その言葉に少しだけ救われた気がした。
神辺城は、ただ消えてなくなるのではない。
その魂は、石と共に新しい城へと受け継がれていくのだ。
備後の中心が、山から海へと移る。
それは寂しいことだが、新しい時代が始まるということでもある。
「……わしも、行こうか」
わたくしは妻に言った。
「福山へ?」
「ああ。新しい城下町で、もう一度、商いをやり直そう。神辺の石が礎になるのなら、わしたち神辺の人間も、新しい町の礎になれるはずじゃ」
多くの商人や職人が、神辺を離れ、福山へと移住していった。
神辺の町は、火が消えたように静かになった。
だが、それは死ではなかった。
種が風に乗って新しい土地へ飛び、そこで芽吹くように。
神辺の活気と誇りは、福山という新しい土地で、再び花開こうとしていたのだ。
山頂には、崩された石垣の跡と、平らになった曲輪だけが残された。
夏草が、兵どもが夢の跡を、優しく覆い隠していった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
神辺城の櫓や門、石垣の多くは、福山城に移築・転用されました。神辺城は形を変えて、今も生き続けていると言えるかもしれません。
さて、物語は現代へ。
静かになった城跡は、今何を語るのでしょうか。
次回、「石垣は語る(終)」。
第十六章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




