日山城、疑心暗鬼の砦 第4話:崩れゆく信頼
作者のかつをです。
第二章の第4話をお届けします。
放たれた矢は見事に標的の心を射抜きました。今回は、偽りの情報によって人がいかに疑心暗鬼に陥っていくか、その恐ろしい過程を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
翌朝、東の砦では大騒ぎが持ち上がっていた。
見張りの兵が、櫓の柱に突き刺さっていた奇妙な矢を発見したのだ。
砦の城主、三吉隆範は、その矢に結び付けられていた文を読み顔色を変えた。
「……馬鹿な。ありえん」
隆範は何度も文を読み返した。
差出人は従兄弟である日山城主。宛名は、大内軍の総大将。自分たちを囮にするという、信じがたい内容。
「罠だ! 敵の離間の計に決まっておりまする!」
家臣の一人が叫ぶ。
隆範もそう思おうとした。だが、彼の心には一度芽生えた小さな疑念の種が根を張り始めていた。
彼は元々気が短く、一度思い込んだら周りが見えなくなる癖があった。
そういえば、近頃、日山城からの伝令の数が減っているような気がする。わしが援軍を要請しても、何かと理由をつけて断ってくる。あれはもしや、わしらを見捨てるための布石だったのではないか……?
疑いは疑いを呼ぶ。
その日の昼過ぎ、いつものように日山城からの伝令が砦にやってきた。
「城主様より、文をお預かりしております」
いつもなら労いの言葉の一つもかける隆範だったが、その日は違った。
「……そこに、置いておけ」
冷たく言い放つ。
伝令の兵は怪訝な顔をしながらも文を置くと、そそくさと帰っていった。
隆範は、その文を開こうともしなかった。
「どうせ、この文にも嘘が書かれておるのだろう」
家臣たちが青い顔で顔を見合わせる。
「殿、それはあまりにも早計では……」
「うるさい! わしを信じられぬのか!」
隆範は怒鳴り散らした。彼の心はもはや疑心暗鬼の暗い沼に深く沈み込んでいた。
その様子はもちろん、俺たち毛利方の知るところとなっていた。
吉田郡山城の、元就様の陣幕。
「……よき知らせじゃ。魚は見事に針を飲み込んだようじゃな」
報告を聞いた元就様は、満足げに頷いた。
「だが、これだけでは足りぬ。もう一押ししてやろうぞ」
元就様は、俺、疾風に新たな命令を下した。
「今宵、大内軍の一部の兵を動かす。あたかも日山城からの使者と密会しているかのように見せかけるのだ。それを、東の砦の見張りにそれとなく目撃させよ」
どこまで人の心を弄べば気が済むのか。
俺は、そのあまりにも緻密で陰湿な策謀に、もはや何の感情も抱けなくなっていた。ただ、与えられた役目を淡々とこなすだけだ。
俺は闇の中へと、再び消えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
一度疑いの念を抱いてしまうと、すべてのことが怪しく見えてしまう。人間の心理の怖い一面です。元就は、そこを的確に突いてきました。
そして、元就はさらに追い打ちをかける次の一手を放ちます。
次回、「同士討ち」。
ついに、悲劇の幕が上がります。
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