神辺城、備後の栄枯盛衰 第1話:備後の中心
はじめまして、作者のかつをです。
本日より、第十六章「時代の奔流に消えた城 ~神辺城、備後の栄枯盛衰~」の連載を開始します。
今回の主役は、特定の人物ではなく「神辺城」そのものです。
備後国の中心として栄えながら、時代の波に翻弄され、最後には消えゆく運命にあった城と、そこに関わった人々のドラマを描きます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県福山市神辺町。
福山平野を見下ろす黄葉山の頂に、かつて備後国の政治・経済の中心として栄華を誇った巨城があったことを、今の静かな山容から想像するのは難しいかもしれない。
その名は、神辺城。
これは、特定の英雄の物語ではない。戦国の世、めまぐるしく変わる支配者たちに翻弄されながらも、備後の地を支え続けた「城」そのものと、その城下で懸命に生きた人々の、数奇な運命の物語である。
◇
室町の中頃。
「備後で商いをするなら、まずは神辺を目指せ」
それが、西国の商人たちの合言葉だった。
わたくし、市兵衛は、この神辺の城下町で筆や墨を扱う小さな店を営んでいた。
当時の神辺城は、備後国の守護職である名門・山名氏の居城として、圧倒的な威容を誇っていた。山頂には立派な御殿が建ち並び、その麓には、守護所を中心とした賑やかな町が広がっている。
「へい、いらっしゃい! 京からの新しい墨が入っておりますよ!」
店の前は、朝から晩まで人でごった返していた。武士、僧侶、旅芸人、そして近隣の村から野菜を売りに来る農民たち。
この神辺は、山陽道の要衝であり、北は出雲、南は瀬戸内の海へと通じる交通の十字路でもあった。人、物、金。すべてがこの城の下に集まっていたのだ。
わたくしは、店先から見上げる神辺城が誇らしかった。
朝日を浴びて輝くその姿は、まさに備後の王者。この繁栄は、未来永劫続くものだと信じて疑わなかった。
「山名様がおられる限り、この町は安泰じゃ」
ご隠居たちが茶飲み話でそう頷き合うのを、わたくしもまた、安心した気持ちで聞いていた。
だが、京の都で応仁の乱という大火が上がると、その火の粉は、遠く離れたこの備後の地にも降りかかってきた。
ある日、城の方角から、これまでに聞いたことのない太鼓の音が響き渡った。
出陣の太鼓ではない。
敵の襲来を告げる、警鐘の乱打だった。
「大内が、攻めてきたぞーっ!」
その叫び声と共に、わたくしたちの平穏な日常は、音を立てて崩れ去っていった。
「逃げろ! 店を閉めろ!」
往来は逃げ惑う人々でパニックとなり、昨日までの賑わいは、一瞬にして恐怖の悲鳴へと変わった。
わたくしは、大切な帳簿だけを懐に入れ、妻の手を引いて裏山へと走った。
振り返ると、誇らしかった神辺城が、黒い煙に包まれているのが見えた。
それが、この城の、長く苦しい受難の時代の始まりだったとは、その時のわたくしはまだ知る由もなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十六章、第一話いかがでしたでしょうか。
かつて備後の中心地であった神辺。その繁栄と、戦乱の幕開けを描きました。
平和だった城下町が、乱世の渦に巻き込まれていきます。
さて、戦火に包まれた神辺城。ここから、城主が目まぐるしく入れ替わる激動の時代が始まります。
次回、「めまぐるしい城主」。
城下の人々の苦悩と、乱世の無常を描きます。
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