新高山城、知将の助走 第6話:初陣の采配
作者のかつをです。
第十五章の第6話をお届けします。
今回は、知将・隆景の鮮やかな初陣を描きました。兄、元春の武の戦い方とは対照的な、彼の「知」の戦い方が光ります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
内政を固め、水軍を掌握したわたくし、小早川隆景に、ついに父、元就から初陣の命が下った。
標的は、備後国の国人、本郷氏が籠もる梨羽城。
兄、元春の初陣とは違う。
わたくしに与えられた兵はわずか千。
だが、その兵の目には、かつてのような不信の色はなかった。
わたくしを信じ、命を預けてくれる確かな信頼の光が宿っていた。
「皆、聞いてくれ」
出陣の前、わたくしは兵たちを集めた。
「此度の戦、力攻めはせぬ。無駄な血は一滴も流さぬ。わしの策を信じ、ついてきてほしい」
わたくしには策があった。
父、元就譲りの謀略。
だが、それは人の心を弄び、裏切らせる陰湿なものではない。
わたくしはまず、本郷氏の領内の村々に使者を送った。
「――小早川に降るならば、皆の暮らしは保証する。年貢も当面は取らぬ。抵抗する愚かな主君に付き合い、命を捨てることはない」
そして、城の周囲の田畑の稲をすべて刈り取らせた。
ただし、焼き払いはしなかった。
刈り取った稲はすべて、その場で飢えに苦しむ領民たちに分け与えたのだ。
「な……何をなさるのですか! 敵の兵糧を与えるなど!」
家臣たちは驚き、反対した。
わたくしは静かに答えた。
「彼らは敵ではない。わしがこれから治めるべき民じゃ。民を飢えさせる将がいて、どうする」
わたくしの策は効果てきめんだった。
城内の兵たちはそのほとんどが農民。
城の外で自分たちの家族が小早川軍から米を恵んでもらっているという噂。
そして、このまま籠城を続ければ冬を越せないという現実。
彼らの心は大きく揺れた。
戦を始めてから十日後。
梨羽城の城門は、内側から静かに開かれた。
城主、本郷氏はすでに家臣たちに見限られ、捕らえられていた。
血は流れなかった。
わたくしは初陣を、無血開城という最高の形で飾ったのだ。
吉田郡山城に吉報を伝えると、父から短い文が届いた。
「――見事なり、隆景」
そのたった一言が、わたくしにとっては、何よりの褒美だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
戦わずして勝つ。まさに孫子の兵法を地でいくような鮮やかな勝利でした。この初陣の成功により、隆景の名声は一気に高まったと言われています。
さて、名実ともに小早川家の当主となった隆景。彼の目は、すでに次なる未来を見据えていました。
次回、「三原へ(終)」。
第十五章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




