新高山城、知将の助走 第5話:水軍の掌握
作者のかつをです。
第十五章の第5話をお届けします。
今回は、若き隆景がいかにして海の荒武者たちの心を掴んでいったのか、そのエピソードを描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
沼田の領地が安定し始めた頃。
わたくし、小早川隆景の目は自然と海へと向いていた。
小早川家は古くから、瀬戸内海にその名を轟かせた水軍の名門でもある。
だが、わたくしが家督を継いだ当初、その水軍衆は決して一枚岩ではなかった。
彼らは海の男。
陸の理屈など通用しない、荒々しい気性の者たちばかり。
彼らにとってわたくしは、まだ「毛利から来た若造」に過ぎなかった。
「隆景様は畑のことしかわからんお方よ」
そんな陰口を叩かれていることも、わたくしの耳には届いていた。
わたくしは決意した。
彼らの心を掴むには、彼らと同じ潮風に吹かれるしかない、と。
わたくしはその日から毎日、船に乗った。
最初は船酔いに苦しんだ。
だが、歯を食いしばり耐えた。
水夫たちと共に櫓を漕ぎ、帆を張った。
彼らと同じ潮汁をすすり、同じ板の間で雑魚寝をした。
最初は遠巻きに見ていた水軍の者たちも、わたくしのその本気の姿に少しずつ態度を変えていった。
ある嵐の夜。
わたくしたちの船団は、激しい風雨に見舞われた。
巨大な波が船を弄び、マストが今にも折れんばかりにしなっている。
「だ、駄目だ! 帆を降ろせ!」
水夫頭が叫ぶ。
だが、風雨があまりにも強く、誰もマストに登ることができない。
その時、わたくしは誰よりも早くマストへと駆け上がっていた。
「殿! おやめくだされ!」
家臣たちの制止の声も聞こえない。
わたくしは必死で帆の綱を解いた。
もう少しで手が届く、その時。
巨大な横波が船を襲い、わたくしの体は闇夜の海へと放り出された。
もはやこれまでか。
わたくしが死を覚悟した、その時。
逞しい腕がわたくしの体を力強く掴んだ。
水夫頭だった。
彼はわたくしを助けるため、荒れ狂う海へと飛び込んでくれたのだ。
その夜、わたくしと水軍の者たちは焚火を囲み、夜通し酒を酌み交わした。
「……若。あんたは本物だ。わしらはあんたについていくぜ」
水夫頭のその一言に、他の者たちも力強く頷いた。
わたくしは、この時初めて小早川水軍の真の当主となれた気がした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
自ら危険な場所にも飛び込んでいく。その勇気と誠実さで、隆景は家臣たちの絶対的な信頼を勝ち取っていきました。
さて、内政を固め、水軍も掌握した隆景。いよいよ彼が将としての真価を問われる時がやってきます。
次回、「初陣の采配」。
知将・隆景の初めての戦いです。
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