新高山城、知将の助走 第3話:兄と父の影
作者のかつをです。
第十五章の第3話をお届けします。
今回は、若き隆景の内なる葛藤と、偉大な父、元就との心の交流を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
火事の一件以来、城内の空気は少しずつ変わり始めていた。
わたくし、小早川隆景を「毛利から来た若造」と見る者は減り、「我らの若殿」と呼ぶ声が聞こえるようになった。
だが、わたくしの心は晴れなかった。
わたくしのやっていることは、あまりにも地味で遠回りなことのように思えたからだ。
その頃、兄、吉川元春は山陰で連戦連勝。
その武勇は「鬼吉川」と恐れられ、敵の城を次々と攻め落としているという。
それに引き換え、わたくしは。
城の中で家臣の機嫌を取り、民のご機嫌をうかがう毎日。
武功らしい武功は、何一つ立てていない。
父上はわたくしのことをどう見ておられるのだろうか。
兄上と比べ、歯がゆく思っておられるのではないか。
そんな焦りが常に、わたくしの胸の内に渦巻いていた。
そんなある日。
父、元就から一通の書状が届いた。
そこにはただ、短い言葉だけが記されていた。
「――急いては、事を仕損ずる」
わたくしは、はっとした。
父上はすべて、お見通しなのだ。
わたくしの焦りも迷いも、すべて。
書状には続きがあった。
「元春には元春の役目がある。お主にはお主の役目がある。元春は毛利の剣。鋭く敵を斬り裂く。じゃが、お主は毛利の盾となれ。誰よりも堅く、家を民を守る盾に。剣はいつか折れることがあろう。じゃが、堅き盾は決して砕けぬ」
父上の言葉が温かく、わたくしの心に染み渡った。
そうだ。
わたくしは兄上のように、なる必要はないのだ。
わたくしには、わたくしの戦い方がある。
武勇で敵を打ち破るのが戦ではない。
民の暮らしを豊かにし、国を富ませ、戦わずして勝つ。
それこそが父上がわたくしに期待しておられる、「知」の戦なのだ。
わたくしの目の前の霧が、すうっと晴れていくようだった。
わたくしは書状を固く握りしめた。
わたくしは盾になる。
毛利の、そしてこの小早川の民を守る、最強の盾に。
そのためならば、どんな地味な仕事でも厭わない。
わたくしの本当の戦は、ここから始まるのだ。
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「毛利の両川」と呼ばれた吉川元春と小早川隆景。武の元春、知の隆景と対照的な二人ですが、互いを深く尊敬し、認め合っていたと言われています。
さて、自らの進むべき道を見出した隆景。彼の手腕が試される最初の試練が訪れます。
次回、「内政の試練」。
若き知将の国創りが始まります。
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