新高山城、知将の助走 第2話:譜代の家臣たち
作者のかつをです。
第十五章の第2話をお届けします。
今回は、若き隆景がいかにして家中の掌握に苦心したのかを描きました。武力でも謀略でもない、彼ならではのやり方とは。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
わたくし、小早川隆景が家督を継いでから数ヶ月。
高山城内では、目に見えぬ冷たい空気が流れていた。
原因は、譜代の家臣たちだった。
彼らは先代、繁平様への忠義が篤い。
毛利から来た若造のわたくしを、決して真の主君とは認めていなかった。
軍議の席でもそれは明らかだった。
わたくしが何か意見を述べても、
「……若殿のお考えはわかり申した。じゃが、先代様はこう仰せであった」
と、ことあるごとに繁平様の名を出し、わたくしの言葉を封じ込める。
特に筆頭家老の田坂義詮は、その中心人物だった。
彼はわたくしの前では恭順の意を示しながら、裏では他の家臣たちを扇動しているらしかった。
兄、元春であればこのような時、力でねじ伏せるだろう。
父、元就であれば謀略で彼らを陥れるだろう。
だが、わたくしにはそのどちらもできぬ。
いや、してはならぬのだ。
力で押さえつければ、必ず禍根を残す。
彼らは小早川家を長年支えてきた功臣たちなのだから。
わたくしは、わたくしのやり方で彼らの心を掴むしかない。
わたくしは毎晩、城内の兵たちの詰め所を訪ね歩いた。
「……皆、ご苦労。何か困ったことはないか」
最初は戸惑っていた兵たちも、わたくしが一人一人に声をかけ、彼らの故郷の話や家族の話に耳を傾けるうちに、少しずつ心を開いてくれるようになった。
宿老たちにも自ら頭を下げ、教えを乞うた。
「わたくしはまだ若く未熟者。どうか、皆様の知恵をお貸しくだされ」
だが、田坂たちの態度は変わらなかった。
そんなある日のこと。
城下で小さな火事が起きた。
わたくしは馬を飛ばし、誰よりも早く現場に駆けつけた。
そして自ら燃え盛る家の中に飛び込み、逃げ遅れた老婆を背負って助け出したのだ。
「殿! ご無体な!」
家臣たちが青い顔で駆け寄ってくる。
わたくしは煤で真っ黒になりながら言った。
「わしはこの小早川の民を守ると誓った。民の一人たりとも見殺しにはできぬ」
そのわたくしの姿を、田坂が遠くからじっと見ていた。
その目に初めて、侮りではない別の色が浮かんだのを、わたくしは見逃さなかった。
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自ら危険を顧みず民を救う。その愚直なまでの誠実さこそが、隆景の最大の武器だったのかもしれません。
しかし、そんな彼の心の中には常に偉大な父と兄の影がありました。
次回、「兄と父の影」。
若き知将の内なる葛藤が描かれます。
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