新高山城、知将の助走 第1話:新しい城主
作者のかつをです。
本日より、第十五章「若き隆景、雌伏の時 ~新高山城、知将の助走~」の連載を開始します。
今度の主人公は、毛利元就の三男、小早川隆景。名将として知られる彼の若き日の苦悩と、成長を描いていきます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県三原市。緑深い新高山の山頂には、今は木々に埋もれ、静かに時を刻む石垣が残るのみ。
この城は、知将・小早川隆景が海に浮かぶ巨城・三原城を築く前に、しばしその本拠とした場所である。
これは、偉大な父と兄の影で若き当主が名門の重圧と戦い、やがて天下にその名を轟かせる「知将」へと羽ばたくまでの、知られざる雌伏の物語である。
◇
天文二十一年(一五五二年)、春。
わたくし、小早川隆景は父、毛利元就の命により沼田小早川家の本拠、高山城に入城した。
齢、二十。
まだ若輩のわたくしが、安芸国の名門の主となったのだ。
城主の間から眼下に広がる、沼田の豊かな地を見下ろす。その美しさに、しばし心を奪われた。
だが、わたくしの心は晴れなかった。
この城には本来、別の主がいたはずなのだ。
小早川繁平殿。
わたくしが養子に入ったことで家督を追われ、今は盲目となり寺で静かに余生を送っておられる。
わたくしは、いわば乗っ取り人。
家臣たちの視線が痛いほど突き刺さる。
彼らは口では「若殿」とわたくしを呼ぶ。だがその目の奥には、決して消えることのない不信と警戒の色が浮かんでいた。
無理もない。
彼らにとってわたくしは、毛利から送り込まれてきたただの若造なのだから。
「……これが、将の孤独か」
わたくしは誰に聞かせるともなく、呟いた。
父、元就は「謀神」と呼ばれ、兄、元春は「鬼吉川」と恐れられる猛将。
それに引き換え、わたくしは。
父ほどの知略もなく、兄ほどの武勇もない。
ただ毛利の三男という血筋だけで、この名門の主となった。
その重圧が鉛のように、わたくしの両肩にのしかかっていた。
「殿、いかがなされましたか」
傅役の梨羽景英が、心配そうに声をかけてくる。
「……いや、何でもない。ただ、この高山城はいささか手狭よな。これからの時代を戦い抜くには、もっと大きな城が必要となろう」
わたくしはあえて気丈にそう言った。
わたくしの視線の先には、高山城の隣にそびえる、より高く険しい新高山があった。
そうだ。
わたくしはここに、新しい城を築くのだ。
父や兄とは違う、わたくし自身の手で。
この小早川家を毛利家に勝るとも劣らぬ、大きな家にしてみせる。
それがこの家をわたくしに譲ってくださった、繁平殿への唯一の恩返し。
そして毛利元就の子として生まれた、わたくしの宿命なのだ。
わたくしの長い雌伏の日々が、この高山城の一室から静かに始まった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十五章、第一話いかがでしたでしょうか。
偉大な父と兄を持つ三男坊のプレッシャー。そして乗っ取った形となった名門の家臣たちからの冷たい視線。若き隆景の苦悩が伝われば幸いです。
さて、新しい城主となった隆景ですが、彼の前には大きな壁が立ちはだかります。
次回、「譜代の家臣たち」。
隆景の孤独な戦いが始まります。
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