大可島城、足利義昭の亡命 第6話:夢の跡(終)
作者のかつをです。
第十四章の最終話です。
歴史の大きな転換点、本能寺の変。それによってもたらされた戦の終わりと、鞆幕府の終焉。夢の跡に立ち尽くす商人、惣助の視点から物語を締めくくりました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
天正十年(一五八二年)、六月。
膠着した戦況は、あまりにも突然に終わりを告げた。
「――信長、本能寺にて死す」
その報せは衝撃となって、日本中を駆け巡った。
そしてその数日後。
備中高松城で織田軍と対峙していた毛利と羽柴秀吉との間で、和睦が結ばれた。
戦は終わったのだ。
わたくし、湊屋惣助の店にも少しずつ活気が戻ってきた。
閉ざされていた海の道が再び開かれ、荷を積んだ船が港に入ってくるようになった。
だが、以前のような熱狂的な賑わいが戻ることはなかった。
信長という共通の敵を失った「鞆幕府」は、その存在意義を失ったのだ。
あれほど頻繁に訪れていた諸国の使者たちも、ぱったりと姿を見せなくなった。
そしてその数年後。
天下人となった秀吉の許しを得て、足利義昭様は都へと帰っていった。
嵐は過ぎ去った。
後に残されたのは静かになった港町と、そしてわたくしの店に山と積まれた売れ残りの品々だけだった。
わたくしは大儲けするどころか、破産寸前だった。
あの熱狂の日々は一体何だったのだろうか。
わたくしは一人、大可島城の跡を訪れた。
そこにはもう誰も住んでおらず、ただ潮風が吹き抜けていくだけ。
わたくしはあの日の自分を思い出す。
公方様がもたらす富に目がくらみ、野望に胸を膨らませていた若き日の自分を。
馬鹿な夢だった。
だが、不思議と後悔はなかった。
わたくしたち鞆の浦の町衆は、確かにこの目で見たのだ。
歴史が動くその瞬間を。
この小さな港町が日本の中心であった、あの熱い数年間を。
それで十分ではないか。
わたくしは海に向かって大きく息を吸い込んだ。
潮の香りがした。
さあ、店に戻ろう。
また明日から一からやり直しだ。
◇
……現代、鞆の浦。
大可島城の跡地には今、小さな堂が建っているだけだ。
だが、この穏やかな港町には今も確かにその記憶が息づいている。
歴史の奔流に翻弄されながらもたくましく生き抜いた、商人たちの笑い声とため息が、潮風の中に聞こえてくるような気がした。
(第十四章:鞆の浦の守り神 ~大可島城、足利義昭の亡命~ 了)
第十四章「鞆の浦の守り神」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
足利義昭が滞在した数年間。それは鞆の浦の長い歴史の中で、最も華やかで、そして激動の時代だったのかもしれません。
さて、舞台は再び毛利家の物語へと戻ります。
次回から、新章が始まります。
第十五章:若き隆景、雌伏の時 ~新高山城、知将の助走~
小早川家を継いだ若き隆景。彼が名将へと成長していく、その助走の時代。知られざる彼の苦悩と努力に光を当てます。
引き続き、この壮大な山城史探訪にお付き合いいただけると嬉しいです。
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