大可島城、足利義昭の亡命 第5話:港町の決断
作者のかつをです。
第十四章の第5話をお届けします。
戦の影が色濃くなる中、町の存続を賭けて行動する商人、惣助。今回は武士と商人の価値観の違いと、歴史に翻弄される人々の無力感を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
毛利と織田の戦は泥沼化していた。
播磨では羽柴秀吉の大軍を止められず、瀬戸内海の制海権も奪われたまま。
我らが鞆の浦も、いつ織田の水軍に襲われてもおかしくない状況だった。
町衆の不安は日増しに高まっていた。
「このままでは我らは干殺しにされるぞ」
「すべては公方様がこの町に来られたせいだ」
あれほど公方様をもてはやしていた者たちの口から、そんな恨み節が漏れ始める。
わたくし、湊屋惣助ももはや店の経営どころではなかった。
この町をどう守るか。
そのことで頭がいっぱいだった。
わたくしは町の主だった商人たちを集め、一つの決断をした。
小早川隆景様に直訴するのだ。
「――この鞆の浦を戦からお守りくだされ」と。
わたくしたちは隆景様が本陣を置かれている三原城へと向かった。
隆景様は多忙な中にもかかわらず、わたくしたち一介の商人の訴えに静かに耳を傾けてくださった。
「……皆の不安はよくわかる」
隆景様は重々しく口を開いた。
「じゃが、公方様をお見捨てにすることはできぬ。それは毛利の信義に関わることじゃ」
わたくしは食い下がった。
「信義は重々承知しておりまする! ですが、そのためにこの鞆の浦が焦土と化してもよろしいのですか! 我ら町衆はただ平穏に商いをしたいだけなのでございます!」
武士の論理と商人の論理。
それは決して交わることのない平行線だった。
「……わかった。約束はできぬ。じゃが、わしにできる限りの手は尽くそう。だから、お主たちももう少しだけ耐えてくれ」
隆景様のその苦悩に満ちた表情に、わたくしはそれ以上何も言えなかった。
その頃、大可島城の足利義昭様は相変わらず再起の夢を諦めてはいなかった。
「なぜ毛利は動かぬ! 今こそ決戦の時ぞ!」
だが、その声はもはや誰の耳にも届いてはいなかった。
時代の歯車はもはや彼を中心には回っていなかったのだ。
わたくしは鞆の浦へと戻る船の上で、ただ無力感を噛みしめていた。
我ら町衆の運命は我らの手の届かぬ場所で決められていく。
わたくしにできることは、ただ祈ることだけだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
信義を重んじる毛利家と、現実の利益を求める商人たち。その両者の板挟みとなり、隆景もまた苦悩していたことでしょう。
さて、膠着した戦況。しかし、その均衡はある衝撃的な事件によって突然破られることになります。
次回、「夢の跡(終)」。
第十四章、感動の最終話です。
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