大可島城、足利義昭の亡命 第4話:信長の影
作者のかつをです。
第十四章の第4話をお届けします。
天下人、織田信長の本格的な中国攻めが始まります。それに伴い、鞆の浦の束の間の繁栄が終わりを告げようとしています。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
天正五年(一五七七年)。
鞆幕府ができてから一年。
それまで静観を続けていた織田信長が、ついに動き出した。
「――毛利を、討つ」
その短い一言は、西国全体を震撼させた。
信長の命を受けた羽柴秀吉の大軍が、播磨国へと侵攻を開始したという報せは、すぐに鞆の浦にも届いた。
町の空気は一変した。
あれほど賑やかだった通りから、人の姿が消えた。
諸国の使者たちは蜘蛛の子を散らすように、それぞれの国へと帰っていった。
そして何よりも深刻だったのは、海の道が閉ざされ始めたことだった。
信長は九鬼嘉隆率いる水軍を、瀬戸内海へと差し向けた。
彼らの船は船体が鉄の板で覆われているという。
「鉄甲船」と呼ばれるその船は、我らが毛利水軍の焙烙火矢も鉄砲も、まったく歯が立たなかったらしい。
大坂、木津川口の海戦で、毛利水軍はまさかの大敗を喫した。
瀬戸内海の制海権は、もはや毛利のものではなくなったのだ。
わたくし、湊屋惣助の店にも、その影響はすぐさま現れた。
京や大坂からの荷がぱったりと途絶えたのだ。
堺の納屋との取引もできなくなった。
あれほど、うず高く積まれていた蔵の品物は日に日に減っていく。
入ってくる銭はない。
出ていく銭ばかり。
「若旦那、このままでは店が……」
番頭の悲痛な声に、わたくしは何も答えることができなかった。
あれほど儲けた銭はどこへ消えてしまったのか。
すべてはこの戦の準備のために消えていった。
公方様、足利義昭様は相変わらず大可島城で諸国に檄を飛ばし続けておられる。
「今こそ、信長を討つ時ぞ!」
だが、その声はもはや誰の心にも響いてはいなかった。
公方様がもたらしてくださった夢。
それは甘く、そしてあまりにも儚い夢だった。
わたくしたち商人はその夢に踊らされ、そして今、奈落の底へと突き落とされようとしている。
わたくしは静かになった港を見つめた。
あの黒船は江戸の海だけでなく、この瀬戸内の穏やかな海にも巨大な嵐を運んできたのだ。
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織田軍の鉄甲船の登場は毛利水軍にとって大きな脅威でした。これにより毛利家は制海権を失い、苦しい戦いを強いられることになります。
さて、戦の影が色濃くなる鞆の浦。町の人々はどう動くのか。
次回、「港町の決断」。
惣助は町を守るため、ある行動に出ます。
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