大可島城、足利義昭の亡命 第3話:鞆幕府
作者のかつをです。
第十四章の第3話をお届けします。
今回は鞆幕府の誕生と、それに伴う港町の熱狂を商人である主人公、惣助の視点から描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
わたくし、湊屋惣助の読みは当たった。
足利義昭様が大可島城に御所を構えてから、この鞆の浦は生まれ変わった。
「鞆幕府」。
人々はいつしか、そう呼ぶようになった。
反織田信長を掲げる義昭様の元には、全国の大名家から次々と使者が訪れた。
毛利はもちろんのこと、西からは九州の島津、大友。東からは越後の上杉、北陸の本願寺勢力。
彼らの使者が昼夜を問わず、この小さな港町を行き交う。
町は空前の好景気に沸いた。
宿屋はどこも満杯。
飯屋や飲み屋からは夜通し賑やかな声が聞こえてくる。
わたくしの湊屋も、笑いが止まらぬほどの忙しさだった。
諸国の使者たちへの献上品、食料、酒、あらゆるものが飛ぶように売れていく。
「若旦那! 米がもう底をつきそうです!」
「すぐに周防から船を出させろ! 倍の値で買い付けても構わん!」
わたくしはまさに水を得た魚だった。
銭が銭を呼ぶ。
わたくしの蔵には銀や銭がうず高く積まれていった。
だが、そんな狂乱の日々の中で、わたくしは少しずつ違和感を覚え始めていた。
大可島城の幕臣たちは、日に日に傲慢になっていった。
彼らは都の公家気取りで我ら町衆を見下し、何かと理由をつけては法外な金品を要求してきた。
「公方様への献上金が足りぬ。湊屋、そなたが立て替えよ」
そして何よりもわたくしを不安にさせたのは、肝心の義昭様ご自身のご様子だった。
彼はただひたすらに、信長打倒の御教書を書き続けるばかり。
そのお姿にはもはや都を追われた悲壮感はなく、ただ過去の栄光にすがりつく老人の頑なさしか感じられなかった。
この鞆の浦の賑わいは、しょせん砂上の楼閣なのではないか。
毛利様という巨大な力の上で踊らされているだけの、虚ろな宴なのではないか。
そんな不安がふと心をよぎる。
だが、わたくしはその不安を帳面の数字で無理やり打ち消した。
今は稼ぐ時だ。
この好機を逃す手はない。
わたくしはまだ気づいていなかった。
この熱狂の宴の終わりがすぐそこまで迫っていることに。
そして、その終わりを告げる黒い影が、東の海から静かに忍び寄ってきていることに。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
鞆幕府は数年間、確かに反信長勢力の中心として機能しました。この小さな港町が日本の歴史を動かしていた時代があったのです。
しかし、その宴は長くは続きません。
次回、「信長の影」。
天下人、織田信長がついに動き出します。
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