大可島城、足利義昭の亡命 第1話:都からの亡命者
作者のかつをです。
本日より、第十四章「鞆の浦の守り神 ~大可島城、足利義昭の亡命~」の連載を開始します。
今度の主人公は、港町、鞆の浦で暮らす商人、惣助です。彼の視点から、歴史の表舞台から転落した最後の将軍、足利義昭を迎えた町の期待と戸惑いを描いていきます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県福山市、鞆の浦。
瀬戸内海の潮待ちの港として古くから栄えたこの美しい港町には、今も江戸時代の面影を残す常夜燈や古い町並みが、訪れる人々を魅了してやまない。
だが、この穏やかな港町がかつて日本の歴史の中心となり、「幕府」が置かれた激動の時代があったことを知る人は少ない。
これは、天下人から追われた最後の将軍と、彼を迎え入れた港町の商人たちの夢と打算の物語である。
◇
天正四年(一五七六年)、早春。
わたくし、湊屋惣助は店の大福帳をつけながら、表の喧騒に耳を澄ませておりました。
ここ鞆の浦は毛利様のお膝元。瀬戸内海のど真ん中という地の利もあって、西国一の湊町として栄えておりました。わたくしの店「湊屋」も諸国の産物を扱う廻船問屋として、それなりに羽振りを利かせております。
「おい、聞いたか。京の都から、とんでもねえお方がお見えになるそうだ」
店の前を通りかかった魚屋の威勢のいい声が聞こえてきます。
近頃、町はそんな噂で持ちきりでした。
なんでも、織田信長という尾張の成り上がりに都を追われた、足利の公方様が、毛利様を頼ってこの鞆の浦へ落ち延びて来られるのだとか。
公方様、すなわち征夷大将軍。
武家の頂点に立つお方。
そんな雲の上のお方が、この鄙びた港町に来られる。
町衆は期待と不安で沸き立っておりました。
「公方様がおいでになれば、この町も都のようになるかもしれんぞ!」
「馬鹿を言え。都を追われた落ち武者じゃねえか。戦の火種を持ち込むだけだ」
わたくしも商人のはしくれ。そろばんを弾かずにはいられませぬ。
公方様がおいでになれば、供の者たちも大勢やってくる。都の公家衆や諸国大名の使者もこの町を訪れるやもしれぬ。
そうなれば宿も飯屋も、そしてわたくしどものような問屋も大儲けができるはず。
だが、その一方で。
公方様を追う織田信長という男。
その恐ろしさは噂に聞いておりました。比叡山を焼き討ちにし、逆らう者は女子供まで容赦なく皆殺しにする、第六天の魔王。
もし、その魔王の怒りの矛先がこの鞆の浦に向けられたら。
わたくしは帳面から顔を上げ、港を見渡しました。
穏やかな春の海。
この平和な景色がいつまでも続いてくれればと、願わずにはいられませんでした。
わたくしたち町人のささやかな願いなどお構いなしに、歴史の巨大な嵐がすぐそこまで迫っていることなど、知る由もありませんでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十四章、第一話いかがでしたでしょうか。
追放された将軍がやってくる。それは、当時の人々にとって期待と恐怖が入り混じった一大事件だったことでしょう。
さて、噂は現実のものとなります。
次回、「将軍様がやってきた」。
落ちぶれたとはいえ、将軍は将軍。その行列が鞆の浦に到着します。
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