矢野城、小領主の選択 第6話:生き残った者(終)
作者のかつをです。
第十三章の最終話です。
主人公、隆実の悲劇的な最期と、その思いを継いで生き残った妻、小夜の視点から物語を締めくくりました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
わたくし、野間隆実の賭けは、見事に外れた。
毛利元就は吉田郡山城で、尼子の大軍を打ち破るという奇跡を成し遂げた。
そして、その勢いのまま矛先を安芸国内の敵対勢力の一掃へと向けたのだ。
もちろん、その中にはどちらにもつかなかった我ら野間家も含まれていた。
天文十一年(一五四二年)。
毛利の大軍が、矢野城へと押し寄せてきた。
わたくしたちは必死に抵抗した。
だが、吉田郡山での勝利で勢いに乗る毛利軍の猛攻は凄まじかった。
城は数日で落ちた。
わたくしは妻、小夜とまだ幼い息子を城から逃がした。
そして、わたくしは一族の者たちと共に城と運命を共にした。
武士として、誇りある最期だったと思うておる。
◇
私は、小夜。
野間隆実の妻であった女。
夫の最後の命令に従い、私は幼い息子を連れて城を落ち延びた。
そして、故郷である平賀の元で息を潜めるように生きた。
息子は幸い、毛利家から許され、野間家の血を後世に伝えることができた。
私は、それだけを支えに生きてきた。
時が流れ、毛利がこの中国地方の覇者となった頃。
私は一度だけ、密かに矢野の地を訪れた。
かつて矢野城があった丘の上には、もう何も残ってはいなかった。
ただ、草木が生い茂っているだけ。
私はそこに立ち、夫、隆実のことを思った。
あの人は愚かだったのやもしれぬ。
もっとうまく立ち回れば、家を滅ぼさずに済んだのかもしれぬ。
だが、あの人は最後まで己の誇りを捨てなかった。
そして何よりも、民を、家族を愛していた。
それで、よい。
それで、よかったのだと。
私はそう信じている。
◇
……現代、広島市安芸区。
矢野城跡には今、その歴史を伝える案内板がひっそりと立っているだけだ。
だが、その丘の上に立てば、今も昔と変わらぬ穏やかな海田湾を望むことができる。
巨大な時代のうねりの中で生き残りを賭けて戦い、そして散っていった一人の若き城主がいたこと。
彼の苦悩の末の選択を、歴史はただ静かに見守っている。
(第十三章:瀬戸内の十字路で生き残れ ~矢野城、小領主の選択~ 了)
第十三章「瀬戸内の十字路で生き残れ」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
戦国の世、毛利の勢力拡大の陰では、このように滅びていった数多くの国人領主たちがいました。彼らの悲劇の上に、今の広島の歴史は成り立っているのかもしれません。
さて、次なる物語は、瀬戸内海に浮かぶ港町、鞆の浦が舞台です。
次回から、新章が始まります。
第十四章:鞆の浦の守り神 ~大可島城、足利義昭の亡命~
織田信長に追われた室町幕府最後の将軍、足利義昭。彼が再起を夢見た港町の物語です。
引き続き、この壮大な山城史探訪にお付き合いいただけると嬉しいです。
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