矢野城、小領主の選択 第5話:最後の賭け
作者のかつをです。
第十三章の第5話をお届けします。
ついに主人公、隆実が生き残りを賭けた最後の決断を下します。彼の城主としての成長と、悲劇の始まりを描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
時は、天文十年(一五四一年)。
ついに恐れていた事態が、現実のものとなった。
出雲の尼子晴久が三万と号する大軍を率いて安芸国に侵攻。
その標的は、毛利元就が籠もる吉田郡山城。
そして、その進軍経路の途上にある我ら矢野城にも、尼子から最後通告が突きつけられた。
「――我が軍の先鋒を務めよ。さすれば安芸国、半国を与えん」
甘い誘いだった。
だが、それは毛利と戦えという命令に他ならない。
時を同じくして、毛利からも使者が来た。
「――我が籠城に加勢されよ。共に尼子を打ち破り、安芸の平和を取り戻そうぞ」
ついに、選択の時が来た。
わたくし、野間隆実は最後の軍議を開いた。
「尼子につくべきです! 兵力差は火を見るより明らか!」
「いや、毛利殿の知略に賭けるべきです! この戦、必ずや毛利が勝ちまする!」
家臣たちの議論はまたしても紛糾した。
わたくしはただ、黙って目を閉じていた。
脳裏に浮かぶのは、妻となった小夜の顔。
『――共にこの乱世を生き抜いてはくれませぬか』
あの言葉が蘇る。
生き抜く。
そうだ。
わたくしは勝つために戦うのではない。
生き抜くために戦うのだ。
わたくしは静かに目を開けた。
心は決まっていた。
「……皆、聞いてくれ」
わたくしの声に、広間が静まり返る。
「わたくしは賭ける。だが尼子にも毛利にも賭けぬ」
「……と、申されますと?」
「我らは大内方として、この城を守る。尼子には与せぬ。だが毛利の籠城にも加勢はせぬ。中立を守る」
それは最も危険な賭けだった。
尼子と毛利、両方を敵に回しかねない選択。
だが、わたくしにはこれしか道は残されていなかった。
この矢野城の堅固な守りを信じるしかない。
そして、大内からの援軍が来るのを待つしかない。
「異論は認めぬ。これより矢野城は、籠城の支度に入れ!」
わたくしは生まれて初めて、城主として揺るぎない決断を下した。
それが野間家の滅亡への引き金になることも知らずに。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
中立を守る。それは最も困難な道でした。結果的に野間氏は毛利と尼子の双方から敵と見なされることになります。
さて、運命の歯車は回り始めました。
次回、「生き残った者(終)」。
第十三章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




