日山城、疑心暗鬼の砦 第2話:忍び寄る影
作者のかつをです。
第二章の第2話をお届けします。
今回は、謀略の準備段階。主人公・疾風がいかにして敵の情報を集め、元就がそれをどう分析したのかを描きました。静かながらも、緊張感のある回です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
元就様から命を受けて数日後。俺、疾風は炭焼き職人に身をやつし、日山城の麓の村に潜り込んでいた。
昼間は山で炭を焼き、夕暮れになればそれを背負って村の酒場へ向かう。それが俺の仕事だった。
「おう、炭焼きの兄さん、一杯どうだ?」
酒場の隅で一人、濁り酒をちびちびとやっていると、案の定、日山城から下りてきた足軽たちが声をかけてくる。彼らにとって、俺のような新参者の職人は恰好の話し相手なのだ。
「へい、ありがたく。しかし近頃は、城の警備も大変ですな」
俺がそれとなく話を振ると、足軽たちは待ってましたとばかりに口を開いた。
「おうよ。鏡山の、あの毛利の若造のせいだ。まったく、卑怯な戦い方をしやがる」
「だが、うちの城主様は情に厚いお方だ。家臣のことも、東の砦の御一族のことも心から信頼しておられる。毛利がどんな手を使おうとも、俺たちの結束は揺らがんよ」
男たちはそう言って胸を張った。
城主・三吉氏は人望の厚い男か。そして、東の砦との連携は単なる軍事的なものではなく、血族としての強い信頼関係に基づいているらしい。
これは、手強い。
元就様が言っていた通り、この強い信頼こそが奴らの最大の強みであり、そして最大の弱点にもなりうる。
俺はさらに情報を集めた。
東の砦の城主は、日山城の城主の従兄弟にあたる男だということ。彼は少し気が短く、思い込んだら一直線に進む癖があるらしい。
日山城と東の砦の間では、毎日、伝令の兵が日に二度、行き来していること。
そして、その伝令が通る道は山の中のごく限られた獣道であること。
情報は集まった。
その夜、俺は誰にも見られぬよう村を抜け出し、吉田郡山城へと闇夜を駆け戻った。
元就様の陣幕には、まだ灯りがともっていた。
俺の報告を、一言も口を挟まずに聞いていた元就様は、俺がすべてを話し終えると満足げに、一度だけ深く頷いた。
「……ご苦労だった、疾風。策は整った」
元就様の目は、地図の上の一点、日山城と東の砦を結ぶ細い線をじっと見つめていた。
「あの、兄弟の絆とやらを、利用させてもらおうぞ。東の砦の、短気な城主殿の心にな」
その声には一切の情はなかった。
ただ、これから始まる謀略の完璧な筋書きを思い描き、悦に入っているかのような冷たい響きだけがあった。
俺は、これから自分が手を染めることになる非情な策謀を思い、そっと目を伏せた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
敵の性格や、情報の流れ。そういった、目に見えないものを把握することこそが、謀略の基本です。元就は、その道のまさに達人でした。
さて、すべての情報は揃いました。いよいよ、元就の策が実行に移されます。
次回、「放たれた矢」。
一本の偽りの矢が、固い絆に亀裂を生みます。
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