若き知将、覚醒の刻 第1話:難攻不落の城
はじめまして、作者のかつをです。
この度は、数ある作品の中から『山城史探訪 ~広島の地に眠る物語~』の最初のページを開いてくださり、誠にありがとうございます。
この物語は、私たちが暮らす郷土・広島の山々に眠る、名もなき人々の声に耳を澄ます物語です。
記念すべき最初の章は、若き日の毛利元就が、その知謀を初めて歴史の表舞台に示した「鏡山城の戦い」に光を当てます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県東広島市西条町。
酒蔵の町並みを見下ろす龍王山の麓に、鏡山と呼ばれる小高い丘がある。今は公園として整備され、市民の憩いの場となっているこの土地が、かつて安芸国の覇権を左右する、尼子方の重要拠点であったことを、今は木々が囁くだけだ。
これは、まだ何者でもなかった一人の若き武将が、その知謀の片鱗を初めて世に知らしめた、始まりの物語である。
◇
「また、押し返されたか……」
俺、弥平は、泥まみれの足軽草履を引きずりながら、味方の陣へと戻った。肩で息を切り、汗と土埃で顔はぐしゃぐしゃだ。備後の片田舎で畑を耕していた俺が、まさかこんな場所で槍を握ることになるとは、三月前には夢にも思わなかった。村の庄屋様に「お主は身体も大きい、国のためじゃ」などとよくわからんことを言われ、半ば無理やり連れてこられたのが、この鏡山城の包囲軍だった。
大永三年(一五二三年)。俺たち大内軍は、この鏡山城を攻めあぐね、もうひと月以上もこの地に釘付けにされていた。
城主は、尼子方の蔵田房信。
城自体は、それほど巨大ではない。だが、三方を深い沼に囲まれ、陸路で攻められるのは南の一か所のみ。その唯一の攻め口は狭く、急な坂になっている。まさに天然の要害だった。
「ちくしょう、今日で何人やられた?」「権爺のやつ、矢が足に刺さって動けねえってよ。もう駄目かもしれん」「これじゃあ、ただの犬死にだ……」
陣に戻る足軽仲間たちの口からは、悪態と諦めの言葉ばかりが漏れる。力攻めを仕掛けては、狭い坂道で身動きが取れなくなったところを、城壁の上から矢の雨を浴びせられる。大きな石を転がしてくることもある。その繰り返しだった。俺の目の前でも、同じ村から来た茂作が、頭から血を噴いて崩れ落ちていった。昨日まで、戦が終わったら一緒に酒を飲む約束をしていた男だった。
陣幕の奥からは、侍大将たちの苛立った声が聞こえてくる。
「これ以上、兵を損なうわけにはいかん!」「しかし、このままでは我が軍の威信に関わるぞ! 退くに退けんわ!」
士気は、日に日に落ちていた。俺たち足軽の間でも、「この戦、勝てるのか」という疑念が、じっとりとした沼地の湿気のように、広がっている。飯はまずいし、寝床は湿っぽい。夜になれば、故郷に残してきた女房の顔が浮かんでくる。達者でいるだろうか。俺が死んだと聞いたら、あいつは……。
俺は、支給された粟の混じった硬い麦飯を気力なく口に運びながら、夕闇に浮かぶ丘の上の城を睨みつけた。
あの城壁の向こうでは、敵兵が俺たちをあざ笑っているのだろうか。
このまま、無駄死にするために、故郷の村を出てきたわけじゃない。だが、どうすればいいのか、俺のような一介の足軽にわかるはずもなかった。ただ、暗く、重い絶望だけが、陣営に満ちていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第一章、第一話いかがでしたでしょうか。
物語は、ごく普通の農民から足軽になった青年・弥平の視点から始まります。彼の目を通して、後の「謀神」がいかにしてその頭角を現したのかを描いていきます。
次回、「若き元就の献策」。
膠着した戦況の中、一人の無名な国人領主が、静かに立ち上がります。
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