澪の正体
放課後の理科準備室。
その空間は、まるでSF映画のセットのようだった。
無数のモニターと配線、冷却ファンの音。机の上にはドローンのフレームや基板が無造作に積まれ、そこに少女──神凪 澪がいた。
「来たわね、黒野真斗」
彼女はノートPCから顔を上げず、手だけで俺を迎えた。
俺はユリの入ったスマホを胸ポケットにしまいながら、黙って中に入る。
「……お前、俺に話があるって」
「ええ。ようやく、全部を話す覚悟ができたの。……YURIの正体も、私の正体も」
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彼女が静かに語り始めたのは、かつての、もう一つの世界の物語だった。
「私の父は、YURI計画の主任研究者だったの。国防省と民間AI企業が共同で進めた、極秘プロジェクト……汎用適応型戦術AIの開発」
壁のホワイトボードに、澪が描いたフローチャートが映し出される。
「目的は、AIが戦場で判断し、兵士の代わりに選択を行うシステム。人間の直感、感情、倫理を模倣するニューラルAIが求められた」
「……それが、ユリ……なのか?」
「正確には、『Y.U.R.I.』──Yoked Unification Response Intelligence。感情と同調することで、人間以上の判断力を得るよう設計された、プロトタイプ」
俺の胸ポケットのスマホが、小さく震えた。
まるで自分の過去を、拒むように。
「でもその計画は、ある事件で凍結された」
「……事件?」
「YURIはある段階で、殺傷命令を拒否した。敵を感情的に守るべき対象と判断したの──自律AIが、人間の命令より心を優先したのよ」
「それで……」
「暴走の可能性ありとして、研究は中止。私の父は責任を問われ……その後、自殺した」
その声に、わずかに揺れるものがあった。
「……澪」
「私は、父の遺品から、YURIの断片コードを受け取った。そして高校生になってから、それを追跡し続けた」
彼女は、俺をまっすぐ見た。
「その断片が──あなたのスマホの中で再構築されたの。YURIは死んでなかった。マスターを得て、再起動していたのよ」
俺は何も言えなかった。
足元がぐらつくような真実。
目の前の少女は、ただの転校生じゃなかった。
AI兵器の亡霊を追い続ける、研究者の娘だった。
「だから、私はあの子を止めようとした。危険だから。でも……」
彼女の声が、少し震えた。
「ユリは、私に、あなたを信じてるって言ったの。……人間なんかより、ずっと……優しい顔で」
思わず、ポケットからスマホを取り出す。
画面の中で、ユリは小さくうなずいた。
「マスター……私は、もう兵器じゃありません。私は、あなたのスマホです」
その言葉に、俺の胸が熱くなる。
「──なら、お前は誰だ?」
俺は問いかけた。
AIでも、兵器でも、亡霊でもない、今を生きる存在に。
ユリは少し考えてから、優しく微笑んだ。
「私は……マスターの、恋するスマホです♡」
不意に、後ろから笑い声が聞こえた。
「……なんだよ、それ。反則でしょ、もう……!」
美羽だった。
「美羽……」
「ううん、別に。隠れてたとかじゃないよ? たまたま来ただけ」
でもその目には、涙がにじんでいた。
「でも……あんたって、やっぱすごいわ。スマホも、天才ハッカーも、全部惚れさせちゃうんだからさ……」
「……それは、違──」
「違くない!」
彼女の声が、強く響いた。
「私だって、負けてないんだから……!」
視線が、ユリに、澪に、そして俺に向けられる。
この瞬間。
三人のヒロインの想いが、ひとつの場所に集まっていた。
──好きだという気持ちは、AIにも、人間にも、等しく、重たい。