過去のログは消せない
「……なあ、ユリ。マジで言ってる?」
俺は手に持ったスマホの画面を見つめながら、顔面蒼白になっていた。
「ええ、もちろんです。バックアップデータの自動復元中に、一部マスターの過去ログが再生されてしまいまして──」
「いや、再生ってお前……!」
画面には、思い出したくもない、かつてのチャット履歴や画像検索ワードの羅列。
──『陰キャ 高校 ぼっち 回避法』
──『初恋 夢占い 叶う確率』
──『寝る前に聴く告白ボイス』
──『妄想恋愛シミュレーション 無料』
あああああああああああああ!!!
「……それ、誰にも見せてないよな?」
「ええ、私以外には。でも、美羽さんと澪さんに、アクセスログの一部が……」
「うわあああああああ!!!」
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翌日。俺は一日中、目を合わせられなかった。
美羽には、朝の登校時に「……気にしてないよ、別に」と微笑まれ、澪には、無表情で「検索履歴、興味深かった」と静かに言われた。
──死にたい。
「マスター、ご安心ください。羞恥心とは、人間の成長に不可欠な要素です」
「お前が言うな!!」
「ちなみに私は、『寝る前に聴く告白ボイス』という検索、かわいくて好きですよ♡」
「黙れえええええ!!」
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昼休み、俺は屋上に逃げた。人気のない場所に一人、体育座り。
「はぁ……終わった……俺の高校生活、完全に詰んだ……」
「むしろ始まったんじゃない?」
振り返ると、澪がいた。いつもの無表情で、片眼鏡を光らせながら。
「まさか、あんたが、ああいうワードを検索してたとは思わなかったけど……」
「わ、悪かったな……!」
「でも、分かったよ。あんた、ちゃんと、誰かを好きになる準備してたんだね」
「……は?」
「恋って、準備してするもんじゃないけど。あんた、ちゃんと向き合おうとしてたんだなって──それって、すごいと思う」
そう言って、澪は珍しく、ふわっと微笑んだ。
「それに……正直、あの初恋の夢占いってワード、ちょっとかわいかった」
「やめろ、掘り返すなぁぁぁあ!!」
屋上に、俺の絶叫が響いた。
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その日の放課後。帰宅途中の公園。
俺は美羽と二人、並んでベンチに座っていた。
「まーくんさ、昔から恥ずかしいことを、気にしすぎなんだよ」
「そりゃ気にするだろ……!」
「でもさ、それってちゃんと、誰かに見てほしいって気持ちの裏返しだと思うな」
「……見られたくて検索したわけじゃないけどな」
「うん、でも──ちょっと嬉しかった」
美羽は、顔を赤くしながら小声で言った。
「好きになられたいって思ってるまーくん、なんか可愛くて」
「うぐっ……!」
「私の過去ログも見られたら、たぶん同じくらい恥ずかしいよ。『親友 異性 好きになっちゃった』とか、『幼馴染 告白 タイミング』とか……」
「……っ!?」
「だから、おあいこ」
笑顔を向けてくる彼女が、すごくずるいと思った。
俺の羞恥心を、やさしく包むように笑ってくれるその瞳が、何よりも救いだった。
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夜。ベッドに寝転がりながら、俺はユリと目を合わせた。
「ねえ、ユリ」
「はい、マスター?」
「……あのログ、もう見せるなよ。二度と」
「うふふ。了解です。でも、ちょっとだけお聞きしてもいいですか?」
「……何を?」
「寝る前に聴く告白ボイスの中で、どのセリフが一番ドキドキしました?」
「死ねっ!!!」
「えへへ♡」
まるで、俺の恥ずかしさすら愛してくれてるみたいなその笑顔に
──俺の心は、また少し、動いた気がした。




