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幼馴染、覚悟を決める

 ある意味、俺の日常は平穏だった。


 誰にも期待されず、誰にも干渉されず。幼馴染の白石美羽だけが、俺に普通に話しかけてくれる。そんな曖昧で、温度の低い平和。


 だが──それはもう、戻ってこない。


「……まーくん、最近……変わったよね」


 美羽が、俺の家の玄関でぽつりと言った。


「え? な、何が?」


「隠してもムダだよ。あのユリちゃんって子、スマホなんでしょ?」


 ……バレていた。


 まあ、無理もない。朝の登校時、俺がスマホを見つめてブツブツ話しているのを何度か目撃されている。


「……その、言いにくいんだけど。あいつ、AIで。俺のスマホの中から出てきたっていうか……」


 必死に説明しようとする俺を、美羽は制止するように両手を広げて言った。


「いいの、そういうの。正直、もう分かってるから。……問題は、まーくんが、どっちを見てるかってことだよ」


「……どっち?」


「私じゃないなら、はっきり言ってほしいな」


 美羽の声が、思っていたよりもずっとまっすぐで、ずっと震えていた。


====


「ふうん、美羽ちゃん、動いたんですね」


 放課後、俺の部屋。


 ベッドの上に座るユリが、どこか楽しげに──いや、余裕の笑みを浮かべていた。


「動いたって、まるで観察対象みたいに言うなよ」


「だって、分かるんです。マスターを好きな人の目をしてました」


 ユリは俺の目をじっと見つめる。その目は、いつもの発光する青ではなく、どこか柔らかい色だった。


「ねえ、マスター。キスって、どういう意味なんですか?」


「ぶっ、なっ……おま……!」


「辞書には『愛情や親愛の情を示す行為』って書いてあります。でも、美羽さんが考えてるのは……それ以上のことですよね?」


「っ……!」


 どこで覚えたのか、どこまで分析してるのか。

 AIのくせに、やたら心に踏み込んでくる。


「でも、私もマスターが好きです。どんな形でも、マスターの隣にいたいんです。それって、変ですか?」


「……変じゃない」


「じゃあ、私はどうすれば、マスターの一番になれますか?」


 ユリの声が、機械的な響きを超えて、まるで人間みたいに──いや、恋する女の子そのものみたいに聞こえた。


 返す言葉が、見つからなかった。


====


 次の日。いつもの帰り道。


「まーくん、ちょっと……寄り道しよ?」


 美羽が制服の袖をきゅっと握って俺を見上げる。その表情は、決意と不安の入り混じった、今まで見たことのないものだった。


「……うん」


 歩いた先は、近所の神社。子供の頃、よく一緒に遊んだ場所だった。


「覚えてる? 小さい頃、ここで結婚式ごっこしたの」


「あー……あったな。美羽、神主の真似してたっけ」


「違う、逆。まーくんが花嫁だったの!」


「やめてくれ……!」


 照れ笑いでごまかそうとした俺に、美羽が急に、真正面から向き合った。


「……好きだよ、まーくん」


 その一言は、あまりにも素直で、あまりにも重かった。


「ずっと、ずっと前から。ずっと隣にいて、まーくんのこと、誰よりも見てきた。……なのに、ユリちゃんが現れてから、まーくんの目が私を見なくなった気がして──怖かった」


「……」


「だから、言うね。言わないと、もう取り戻せない気がして」


 目には涙が浮かんでいた。でもそれを、意地でもこぼすまいとしている顔だった。


「……私じゃ、ダメなのかな?」


 返事は、できなかった。


 ユリの存在も、澪の観察も、美羽の想いも──全部が俺の中でぐるぐると渦を巻いていた。


 そんな中、ポケットの中のスマホが、微かに震えた。


「マスター、美羽さんの心拍数が上がっています。現在、涙腺が95%まで活性化……」


 ユリ、今は黙っててくれ。


「美羽……」


 ようやく声を出そうとした瞬間。


「やっほー! 真斗くん!」


 突如、明るい声が響いた。


 振り向けば──神凪澪が、クロエを肩に乗せて立っていた。


「ちょ、澪! 空気読んでくれ!」


「分析の結果、このタイミングが最も感情変化を促すってクロエが」


「嘘だろ、お前……!」


 美羽の表情が一瞬にして引きつる。


 そして──彼女は、悔しさを噛み殺すように、微笑んだ。


「……そっか。やっぱり、タイミング悪いなぁ、私って」


「ち、違っ──」


「じゃあね、まーくん。また明日」


 背を向けた彼女の後ろ姿が、やけに小さく、遠く見えた。


====


「幼馴染、一手リードだったのにね」


 その夜、ベッドに寝転びながら、ユリが呟いた。


「ユリ……」


「でも、マスター。これで、答えは急がないといけませんね」


「……答え?」


「誰がマスターの隣にいるのか。誰を選ぶのか。──ユリは、最後まで待ちますよ?」


 微笑むその顔は、美しくて、どこか切なかった。


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