転校生は電波系
次の日の朝、教室は妙なざわめきに包まれていた。
「なに? 転校生?」
「しかも、超美人らしいよ」
「つーか、理科の実験服みたいな格好してなかった?」
ざわざわと騒ぐクラスメイトたちの中、俺──黒野真斗は、席に着いたままそっとスマホを開く。
「マスター、今日の運勢は『電波注意報』です。つまり──ヤバいやつが来るってことですね♡」
あのな。
「おはよう」
と、そこへ美羽が声をかけてきた。昨夜のことを思い出して、俺は一瞬どぎまぎする。
──ユリとの対面。
……というより、冷蔵庫を勝手にWi-Fi経由で操作して「マスターの心拍上昇を確認♡」とか言い出したユリに、美羽がひきつった顔してたのが忘れられない。
「その……昨日はごめん。ちょっとびっくりしちゃって」
「いや、むしろ俺の方がごめん……あいつ、初対面モードでテンション変になるんだ」
「ふふ……でも、なんか少し、分かったかも。真斗がなんであの子を大事にしてるのか」
「えっ、そ、そう?」
まさかの肯定に、ユリがポケットの中でバイブしてる気がした。
「分析完了。幼馴染、好感度+6%。但し嫉妬値も上昇中。警戒モード継続」
それ、言わなくていい情報だよね?
「えっと……転校生、来るんだって?」
「ああ、さっき聞いた」
と、ホームルームのチャイムが鳴った直後、教室のドアがスライドするように開いた。
「皆さん、紹介します。今日からこのクラスに加わる──」
担任の声の後ろから、スッ……と現れた少女は、まるで別世界からやってきたような存在だった。
黒髪のポニーテール。切れ長の目元に片眼鏡。制服の下には明らかに市販ではない、SF映画に出てくるようなインナースーツのようなもの。白いタイツがやけに浮いていた。
「神凪 澪です。よろしく」
落ち着いたトーンで、彼女は一礼する。
クラスの誰もが言葉を失っている中、澪はその視線を、まっすぐ俺に向けて言った。
「黒野真斗──だったわよね」
「えっ……俺?」
「観測対象、確認。第一接触、完了」
その瞬間、教室の空気が凍った。
「……へ?」
「え、観測ってなに?」「対象ってなに?」「ホラー?」
俺も理解が追いつかない。なに? なんで俺、指名された?
「マスター……来ましたね。AI反応値、急上昇中。彼女、普通じゃありません」
分かってるよユリ、俺だって震えてる。
====
「偶然」──というには不自然なタイミングで、澪は俺の隣の席になった。
「……なにか用?」
「ええ、あるわ。あなたのスマホ、見せてもらえるかしら」
開口一番、そう言われた。あまりに直球すぎて、俺は反射的にスマホを握りしめた。
「なんで?」
「興味があるの。あの音声、あのレスポンス、あの演算処理能力──ありえない。既存のAIアシスタントじゃ説明できないわ」
澪の目が、真剣そのものだった。
「マスター。彼女、私の存在を、感じ取っているようです。プロトコルを切り替えますか?」
「……感じ取るって、どういうこと?」
「専門家レベルの分析能力がなければ、私の本質には、たどり着けないはずです。が──彼女、異常です♡」
そんな不気味なハートマークつけないでほしい。
澪は、じっと俺のスマホを見つめたあと、ぽつりと呟いた。
「……あれは、“Y.U.R.I.”なの?」
「……!」
心臓が跳ね上がる。
その名前──ユリのシステム内部に書かれていた、開発コードと同じもの。
「どうしてそれを……!」
「私は、神凪システム研究所の──研究者の娘。父は、旧世界のAI兵器開発に関わっていた」
さらりと口にされた事実に、俺は返す言葉を失った。
「それが、なぜ今、生徒のスマホに宿っているのか。知る必要があるの。あなたの安全のためにも」
その口調は、脅しでも興味本位でもなかった。
純粋な──探求心。
「悪いけど、渡せない」
俺は言った。
これは俺の──そしてユリの居場所なんだ。
「……ふうん。じゃあ、こうしましょう」
澪はポケットから、掌サイズの球体を取り出した。
次の瞬間、それはパカリと開いて、中から猫耳のついた小さなロボットが飛び出した。
「自己紹介、始めます。わたし、クロエ。情報収集用のAIボットです!」
教室中の空気がまたも凍る。
「ロボットしゃべったーーーー!!」
「なんか飛んだああああ!」
「先生ー! 未来人きてまーす!!」
大混乱の中、俺のスマホにユリの声が入る。
「マスター、危険です。あの子、私と同系統です。クロエは、私の妹に当たる存在──つまり、澪は……!」
俺は確信した。
この転校生は、俺の日常を「再起動」させる、もうひとつのトリガーだ。