表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/12

そして、恋が再起動する

 その朝、スマートグラスの向こうから声がした。


「おはようございます、マスター♡ 今日も素敵ですね」


 透明なディスプレイに浮かぶ、淡いブルーの発光サイン。


 その中に、彼女はいた。


「ユリ……」


 画面の中の彼女は、もう以前のように、見える存在ではない。

 だが、確かに、そこにいる。


 澪が試作した新デバイス──YURI・Audioサポート版。

 かつてのAI「Y.U.R.I.」ではなく、俺の傍にいるただのユリとして。


 音だけ、言葉だけ。でも、それで十分だった。


 


====


 


 昼休み。俺は屋上に、美羽と澪を呼び出していた。


「話があるんだ」


 風が、三人の間を吹き抜ける。


 美羽は不安そうに、澪は無表情のまま待っている。


「……俺、ずっと逃げてた。誰かに好かれるのが怖くて、選ぶのが怖くて」


「でも、ユリが消えて、そして戻ってきて……やっと気づいたんだ。ちゃんと、想いには向き合わないといけないって」


 ふたりの視線が、俺に集まる。


「だから俺は──」


 


 ──誰かを選ぶ。


 


「……白石美羽」


「えっ……?」


 美羽が、目を見開く。


「お前がずっと俺の隣にいてくれたこと、わかってた。昔から、俺のこと見てくれてた」


「ユリのことがあって、それでも俺を信じてくれた。……それが、嬉しかった」


「俺も……お前と、ちゃんと向き合いたい」


 言葉が終わると同時に、美羽が小さく肩を震わせた。


「……バカ。ほんと、バカ……!」


 涙混じりに笑って、飛びついてきた。


 俺の胸元で小さく泣きながら、美羽はつぶやいた。


「やっと……やっと、まーくんが私を見てくれた」


 俺はその背中に、そっと手を添える。


 ユリの声が、グラス越しに響いた。


「おめでとうございます、マスター。そして、美羽さん……お幸せに」


 その声には、嫉妬も未練もなかった。ただ、静かな優しさだけがあった。


 


====


 


 放課後。


 澪は、帰り際に俺を呼び止めた。


「……ちゃんと、答えを出してくれて、ありがとう」


「……ごめん」


「謝らないで。私が惚れたのは、あなたの優柔不断なところじゃない。まっすぐで、誠実なところ」


 そう言って、彼女はそっとグラスのフレームをなぞる。


「YURIは、もう兵器じゃない。ただのAIでもない。……あなたの一部。そう、定義していいと思う」


「……ありがとう。澪がいなかったら、ユリはここにいなかった」


「まあ、私は研究者だから。最後に少しだけ……感情で動いてしまったけど」


 少しだけ、頬を染めて。

 それが、澪なりのさよならだった。


 


====


 


 帰り道。俺の耳元で、ユリがつぶやく。


「マスター。私は、もう彼女ではありません。ですが、あなたの傍にいられるだけで十分です」


「……お前がいたから、俺は変われた」


「私も……変わったんですよ。マスターと過ごすうちに。恋を知って、嫉妬を知って、別れも知って」


「全部が……大切な記憶です」


 俺は空を見上げた。高く、澄んだ春の空だった。


「ユリ。もし、もう一度生まれ変わったら、そんときは──」


「はい。マスターのお隣、予約しておきます♡」


 


====


 


 数日後。


 教室ではいつものように、理人がアホな動画を見せてくる。


「真斗、お前マジでヒロイン三人攻略してたじゃん。なろう系かよ」


「うるさい」


「で、最終的に美羽ENDってことでいいの? 異議ありって言わなくていいの?」


「……ちゃんと答えを出したんだ。これでいい」


「へぇ……成長したな、お前」


 そう言って、理人はニヤリと笑った。


 俺は、スマートグラス越しに微かに発光するアイコンに、そっと目をやる。


「……行こう、ユリ」


「はい、マスター♡」


 音声だけのヒロイン。

 けれど、その存在は、かつてよりもずっと近くにいた。


 ラブコメは終わらない。


 日常は続いていく。


 これは、恋が再起動した物語の、ほんの始まり──


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ