テオの大脱走
〈菜の花よ咲け咲けこゝは夢の國 涙次〉
【ⅰ】
イリーガルな仕事と云へば、こんな事もあつた。近過去の話である。
テオが幾ら一人格を持つてゐるとは云へど、法律上の扱ひは猫、ペット即ち「神田寺男の所有物」。甚だしくは、(財産としての)賣却の自由をカンテラは持つてゐる。
谷澤景六としての才能に鑑みて、木嶋さんは己れの良心に従ひ、テオ自身に印税その他ギャラを渡してゐるのだが、法に依れば、それの帰属するところは、カンテラ、と云ふ事になりはしまいか。
と或る大學の大學院研究室、が、テオを5千萬(圓)で賣却しないか、と、誠に以て失禮な申し出をしてきた。その研究室は、さる大手醫藥品會社の息がかゝつてゐる- 大それた事に、實驗動物として、テオを譲渡してくれ、と云つてきたのだ。テオの天才ぶりが、彼らの目に留まつたのだらうが...
【ⅱ】
カンテラは「面會ありなら、結構ですよ」と、なんと、その5千萬、懐に入れてしまつた。‐勿論これには裏があるのだが、カンテラ、内心はらわたが煮えくり返つてゐたのだ。勿論、カンテラ本人は、テオの事を仲間・親しい友・ビジネスパートナーとしてしか思つてゐない。それを、賣れ、とは!!
人間の愚かさが前面に出た、製藥會社の奢りである。テオと示し合はせて、その余りに人間中心的過ぎる、惡辣な發想を懲らしめてやらう、と云ふ事になつた。
【ⅲ】
テオは、即日鉄格子の付いた密室に入れられた。カンテラが面會に來た。そこで、何かを渡してゐるのには、幸ひ、気付かれなかつた。カンテラは、安保さんとテオの共同開發した武具、「破邪の爪」をテオに差し入れしたのだ。
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〈賣る賣らぬそれで友なる重さをも計れと云ふか誰が役に立つ 平手みき〉
【ⅳ】
「破邪の爪」にはダイアモンド製のブレードが付いてゐた。これで切れない金属はない。と、云ふ譯で、早々にテオは「破獄」した。邊りには手酷い扱ひを受けてゐる動物たちの、吐く息が充滿してゐる... 死の臭ひが立ち込めてゐる...
テオは(いつぞやのやうに)電車にお忍びで乘り込み、カンテラ事務所に帰つてきた。こゝから先は、カンテラ・じろさんの仕事である。
カンテラは大小二本差し、じろさんは黑装束に覆面姿。大學院構内に忍び込んだ。すると...「教授」と呼ばれてゐる男が、現れた。じろさんすかさず口を手で塞ぎ、彼の首の骨を外した。即死、とは行かない。行かせない。實驗動物たちの辛苦を知れ! と云ふ譯で、彼には緩慢な死を、じろさんはわざと與へたのである。
【ⅴ】
院生、警備員たちがわらわらと集まつてきた- カンテラ長刀を拔き放ち「しええええええいつ!!」。皆を撫で斬りにした。無論實驗動物たちは解放した。これから先、彼らが自分で生きていけるかは、また別の話として。
そして、(怪盗もぐら國王ではないが)さつさととんずら。
【ⅵ】
これをしも、イリーガルと謂はゞ、云へばいゝのである。カンテラ一味に手を出す者は、一様にかうなる事を、世間に示したに過ぎない。
5千萬、この大金の半分を、金尾が皆に等分に渡した後、殘りがテオの意向で、「實驗動物救濟基金」に寄付された。むべなるかな。お仕舞ひ。
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〈菜飯すら猫まんまにし猫喰らふ 涙次〉