第六話 突きの言葉
「突きこそ、すべての基本だ」
秋吉師範がそう言ったのは、稽古の冒頭だった。
正直、僕は少し油断していた。突きなんて、もう何度もやってきた。順突き、逆突き。形も動きも、身体が覚え始めている気がしていた。
でも、それは錯覚だった。
構え。重心を落とす。後ろ足で地を蹴り、腰を回し、腕を前に――
その一瞬の連動に、「今の自分」がすべて出てしまう。
僕の突きは、速くなかった。でも、力はあった。
力はあったけれど、どこか“届いていない”感じがした。
「形はいい。でも、“言葉”がない」
師範の言葉に、僕の胸がざわついた。
言葉?
突きに、言葉があるというのか?
「技は“伝えるもの”だ。何を伝えたいか、それがない突きは、ただの動作でしかない」
その言葉を聞いて、僕は思わず小説のことを考えた。
文章も同じだ。どれだけ文法が正しくても、どれだけ整っていても、心がこもっていなければ読者には届かない。
――突きも、そういうことか。
もう一度、構える。深く息を吸う。
今の僕が伝えたいこと――それは、「ここにいる」という実感だった。
地に足をつけて、この場に立っていること。転びながらも、続けていること。
それだけでいい。
打つ。
小さな音が道場に響いた。
さっきまでとは違って、何かが「届いた」気がした。
技は、言葉だ。
体の奥から絞り出した一撃が、ようやく僕の“最初のひとこと”になった。
こんにちは、たなかです。
第六話では、「突き」をテーマに書いてみました。
突き――ただ腕を前に出すだけ、と思われがちですが、実際はとても奥深い動作です。
腰の回転、重心の移動、呼吸のタイミング、そして何より「何を伝えたいか」という内面が、その一撃に表れてしまいます。
僕も稽古の中で、形は合っているのに「何も伝わらない」と言われたことがありました。
突きが、単なる打撃ではなく“言葉”であることに気づいたのは、その時です。
この作品では、そんな身体と言葉の関係、動きと心のつながりをテーマに描いていけたらと思っています。
次回は、「動く」ということ――運身(足上げ・前転・側転など)を通して、自分の体と向き合う回になります。
また読んでいただけたら嬉しいです。
――たなか