第四話 受けるということ
「今日は“受け”をやるぞ」
秋吉師範がそう言ったとき、僕は思わず背筋を伸ばした。
正直に言えば、苦手だ。いや、怖い。
受け――つまり“受け身”。相手の技を受けて倒れ、地面に身を任せる動作。
躰道では、受け身の技術は攻撃以上に重要だとされている。捻る、回る、転がる、そしてまた立ち上がる。その一連の動作の中に、心の在り方が現れるという。
だが、倒れるというのは、怖い。
学生時代、運動会で転んだときの恥ずかしさ。大人になってからは「失敗を避ける」ことばかり考えてきた。だからこそ、僕は「転ぶ」ことに慣れていない。
まずは後方受け身。しゃがんで、背中で転がる。
――ドンッ。
身体が硬い。背中から落ちて、頭が地面に近づく感覚に、全身が反応する。
「力、入れすぎ。もっと“流れ”に任せて」
美波さんが声をかけてくれる。彼女の受け身は、まるで水のように滑らかだった。柔らかく転がり、すぐに立ち上がる。
「倒れるのが怖いんじゃなくて、“倒される自分”を受け入れるのが怖いんですよね」
その言葉に、僕はハッとした。
白帯になってから、何度も転びそうになった。いや、実際に転んできた。
でも、その度にどこかで自分を責めていた。
情けない。恥ずかしい。こんなはずじゃない。
けれど、躰道は教えてくれる。
倒れるのは、終わりじゃない。そこから起き上がるのもまた、技なのだと。
その日、僕は何度も何度も転がった。背中を丸め、体を捻り、地面に身を委ねる。
最後の一本。立ち上がったとき、不思議と心が軽かった。
“倒れること”を受け入れたとき、“立ち上がること”がはじまる。
僕はまた一歩、躰道に近づいた気がした。
こんにちは、「たなか」です。
今回は「受け」、つまり“受け身”をテーマにしました。
これ、実際にやってみると、本当に心の中まで出るんですよ。
恐怖とか、プライドとか、「倒れたくない」という気持ちとか。
でも、受け身がちゃんとできると、安心して技が出せるようになるし、失敗することが怖くなくなってくるんですよね。
これって、武道だけじゃなくて、人生でも似たようなことがあるなと思っています。
次回は、少し雰囲気を変えて、“構える”という心の話を描こうと思っています。
それではまた、道場でお会いしましょう。
――たなか