第三話 跳ぶということ
「じゃあ次、飛び膝蹴りやってみようか」
秋吉師範が軽く言った。
その瞬間、道場の空気が少しだけ緊張した気がした。
僕の脳内では「飛び膝蹴り」という単語がスローモーションで再生されていた。
――飛ぶ? 僕が? 今ここで?
いやいやいや、無理だろう。白帯ですよ? 四十ですよ? 体重も、重力も、僕の味方じゃない。
だが、道場に立っている以上、やらないという選択肢はない。僕は深く息を吐いて、順番が来るのを待った。
飛び膝蹴り。片足で踏み切り、もう一方の膝を高く振り上げて、相手の胸元を狙う技。空中での一瞬の爆発力が求められる。
美波さんが見本を見せると、その動きはまるで舞うようだった。滑らかにステップを踏み、ふわりと浮き、鋭く膝を突き出す。
……これ、僕もやるの?
恐る恐る、ステップ。踏み切り。跳ぶ。
――浮かない。
身体がまるで地面にくっついているかのようだった。頭では理解している。でも、足が重い。体が重い。心も重い。
「跳ぼうとしてないな」
師範が呟いた。
「跳びたい、じゃない。跳ぶんだよ」
その言葉に、何かが引っかかった。
“跳びたい”と“跳ぶ”の違い。希望と行動の違い。夢と現実の距離。
もう一度、踏み切る。
今度は、「できるかどうか」ではなく、「やる」と決めて。
地面を強く蹴ったその瞬間、ほんのわずかだけれど、空中に自分の身体が浮いた気がした。
――跳ぶというのは、心が先に地面を離れることなのかもしれない。
稽古後、僕は足を引きずりながら鏡の前に立った。
白帯の僕が、ほんの少しだけ空に近づいた気がした。
どうも、「たなか」です。
今回は、跳躍系技――飛び膝蹴りをテーマにしました。
正直、僕も最初はまったく跳べませんでした。身体が重い、心も重い(笑)
でも、「跳ぼう」と決めたときに、ほんの少し足が地面を離れた感覚は、今でも忘れられません。
技術というより、決意。そういう気持ちの問題って、実際の稽古でも本当にあるんです。
この小説では、技や練習の描写だけでなく、その裏にある「自分との対話」も描いていきたいと思っています。
次回は、「受け(うけ)」の話になるかも。
倒されることの大切さ、怖さ、そしてその中にある学びについて。
よければまた、読みにきてください。
――たなか