第十話 形を重ねる
「今日は基本法型を丁寧にやるぞ」
秋吉師範の声が、道場の空気を落ち着かせた。
基本法型一――躰道における最も基礎的な型の一つ。
順突き、受け、運足、構え。それらが順に組み合わされた、いわば「動きの基礎文法」のような型だ。
決められた動きを、順番通りに繰り返す。
最初のころは、ただ「覚える」ことに必死だった。
でも今は違う。
動きを“なぞる”だけでは、型にはならない。
そこに「意思」がなければ、ただの運動になってしまう。
運足一法で前に出ながら順突きを打つ。
そこに“届けたい気持ち”がないと、ただの前進だ。
受けに回るときも、「受ける」だけじゃなく、「どう繋ぐか」が問われる。
秋吉師範は言う。
「型は動作じゃない。“意味の流れ”なんだ」
何度も繰り返す。
順突き、受け、逆突き、構え直し。
五回、十回、十五回……ふとした瞬間、動きの中に“迷い”がなくなる感覚があった。
それでも、まだぎこちない。
美波さんの型を見る。静かで、しなやかで、強い。
「一手一手が、会話になってる……」と思った。
「型はね、“動いて伝える文章”みたいなもんです」
彼女が以前そう言っていたのを思い出す。
今日は何も喋っていない。
でも、動きを重ねる中で、たしかに“何かを伝えようとしている自分”がいた。
白帯の僕は、まだ言葉も拙い。
でも、ようやく「伝えたい」という気持ちが、形の中に出てきた気がした。
その日、鏡の前で構えた自分の姿が、少しだけまっすぐに見えた。
こんにちは、たなかです。
今回は「基本法型一」を題材に、「形を通じて何が変わるのか?」を描きました。
実際の稽古でも、ただ形を覚えるだけでは不十分で、その中に“気持ち”や“意志”があるかどうかが大切になってきます。
僕自身も、白帯のころはとにかく「覚えること」に必死でしたが、あるとき「型が動きになった瞬間」を感じてから、稽古が面白くなりました。
次回は、いよいよ昇級試験に向けて「旋体の法型」など、新しい型への挑戦が始まります。
焦り、不安、期待。すべてを抱えて、“次の帯”を目指していく主人公を描いていきます。
――たなか