第九話 向き合うということ
「今日は、決まり稽古だ。攻めと受けを交代でやっていく」
秋吉師範の言葉に、少しだけ緊張が走った。
決まり稽古――いわば、簡易的な型組手。攻撃側と防御側の動きをあらかじめ決めて、形の中で間合いやリズム、受けの感覚を学ぶ稽古だ。
白帯の僕にとっては、初めて“人と動く”練習だった。
相手は田中くん。僕と同時期に入ったが、運動経験があるぶん動きが速い。
でも、今日の稽古では「当てない」「決められた動きを丁寧に繰り返す」ことがルール。安心して臨めるはずだった。
はずだった、が。
実際にやってみると、難しい。
順突きを受けるだけでも、重心がブレる。構えが崩れる。タイミングがズレる。
受ける、構える、次の準備――その流れの中で、“自分のリズム”がいかに未熟かを思い知らされる。
「相手に合わせようとするな。“間”を感じろ」
師範の言葉に、僕は思わず深呼吸した。
動こうとしすぎていた。合わせようとしすぎていた。
まずは“感じる”。それから動く。
そのあとは、運足だけの相対練習。
技を出さず、ただ間合いの中を滑るように移動する。
不思議なことに、相手の呼吸がほんの少し読めた気がした。
人と向き合うというのは、戦うことじゃない。
“呼吸を合わせること”から始まるのだと、初めて実感した。
こんにちは、たなかです。
今回は「決まり稽古」や「運足の相対練習」を描いてみました。
読者の方には「組手」という言葉から実戦的な打ち合いをイメージされたかもしれませんが、実際にはもっと段階的で、安全で、じっくりと身体の感覚を学んでいくものです。
僕自身も、最初のころは“受けるだけ”の練習ばかりでした。でも、そこにこそ大切な技術と意識が詰まっていたと、今では感じます。
次回は、形の流れを繋ぐ「型稽古」をもう少し深く掘り下げていきます。
――たなか