プロローグ28
(いつも通りだ…………)
少年は患者衣を脱ぎながら、隣の部屋から聞こえてくるテレビに聞き耳を立てる。
『今日は、鳥かごが空に浮かんだ記念すべき日ですね』
『そうです。地上に溢れ返った、急激に進化したRLから隔離された現代の箱舟、鳥かごですが……』
裸になった少年は、玄関の横にあるシャワー室に入るとシャワーを全開で出して、
「俺がいなくなっても変わらない世界……」
壁に寄り掛かって、温かい水に濡れる。
一年位行方不明になっていたはずなのに、テレビではその事を一切触れずに、いつものありふれた他愛の無い話だけが流れていた。
嘘のように穏やかで、嘘のように平和で……自分の存在が嘘だったかのように世界は回る。
「…………そろそろ行くか」
世界からこぼれた少年は、シャワーの温かい雨を止めると、タオルで体を拭いてから患者衣を着直して廊下に出て、力の無いゆらゆらとした歩き方をする。
「せっかくのチャンスだったんだけどな…残念だ……」
ゆらゆらと歩きながら窓まで辿り着くと、そこに映る自分の姿をマジマジと見つめる……濡れた赤い髪は薄汚れ、体は痩せこけ、腕には注射の痕。
「おじいちゃんになっちまったな……赤い髪……自慢だったのにな深紅の赤に深藍の青……」
窓を開けると、細い体で嘘のようにかろやかにフェンスへ飛び乗り、薄くなった左手で太陽を隠しながら空を見つめ、
「綺麗だな空………」
少年は、フェンスの上でバレーのように小足で踊ると、背中から逆さまに、雲一つない空を見つめながら、
「生まれ変わって…この世界で遊ぼうぜ……雫……」
深藍の青に想いを寄せて………………
『ドサァ…………』