第8話 交錯点の少年達
時が止まる。空気がかすかにふるえて、はじけ飛ぶ。そして、その爆心地から二つの影が同時に飛び出した。
ショタ×ショタの久遠寺。死与太珍教団三幹部の一人にして、一定の範囲内にあるものの性質を変化させる異能性癖者。
対するは。
「乳トンッ!」
ジェイル支配者の一角である死与太珍教団をせん滅すると宣言し、ケンカを売ったたった一人の男。巨乳をこよなく愛する異能性癖者、立花明良である。
解き放たれた球体が空中で大きく広がった。
異常なる力、精力は通常身体能力をブーストしどんな傷もたちどころに癒してしまう、しかしそれと同時にその程度のもの。ともいえよう。しかし精力にはフェチによって方向性が与えられる。明良の場合は重力だ。
巨乳を愛する気持ちが重力の操作という領域へ精力を押し上げる。
「凄まじい圧力だ。しかし、単調で単純。手で放つ……。という制約もあるのだろう。おっぱいはもむものだ。だから両手で届く範囲にしか攻撃が届かない……。しかし」
「万乳反発ッ!」
はじかれるように後ろに飛ぶ、いいや、重力を操り、通常ではあり得ない方向に落下したのだ。
その直後、赤い光と共に爆発が巻き起こる。
両腕をクロスして爆風を防ぐ。その時、明良はその続きを聞いた。
「オレの異能性癖“交錯点の少年達”に距離の概念はない」
次の瞬間、銀色の玉が無数にとんだ。空気のゴムによってはじかれたそれは散弾銃のように明良の視界を埋め尽くす。
「ぐっ……うぉ……ッ!」
両手を合わせて精力を練り上げる。半重力の壁。
ソレは銀色の玉の軌道を逸らして、ほとんどを曇った空に吹き飛ばしたしかし。
「全てをかます必要はないのだよ」
直後、軌道をそらしきれなかった物が明良の右腕に深々と突き刺さった。
「ッ!!!!!」
つんざくような明良の悲鳴は、さして大きくもない爆発音にかき消された。
「片腕はもらった。最も、異能性癖者にとってはその程度の負傷でしかないであろうが、ほんのわずかに行動を制限するのにはそれで十分だろうな」
「……。なる、ほどな……ッ。想像以上の破壊力……。精力を集中させて腕を守らなければ頭も吹き飛んでいただろうさ」
「そうなっていれば楽だったのだがな」
「いくら異能性癖者といえど頭にダメージを受ければしんどいよなァ? 爆発に巻き込まれれば勿論意識を保てないし後頭部をバールのようなものでぶん殴られるのもつらい」
「誰に向かったチュートリアルだ? 異能バトル物の序盤じゃあるまいし」
「……。いいや、序盤だよ」
「……」
「教祖様への道はさぞ長いだろう。お前みたいなやつで躓くわけにはいかねぇんだ」
「ピンチぎりぎりの獣が吠えるな、残念な事にショータイムはここで幕引きだ」
「一定の範囲の内側にあるものの性質を、最大で二つまで変化させる異能性癖。真正面から叩き潰してやる。よそ見厳禁で頼むぜ? ショータイムはここからだ」
明良は、吹き飛んだ腕を再生させて、手をたたき合わせた。
パチン! という子気味のいい音が響き、それに続いて明良の掌に光が宿った。
今までの何十倍も濃密な光。ソレは、言葉でなく、行動によって示される全力の証明。
「良いだろう、望み通り、その異能性癖を真正面から叩き潰して見せよう。その性癖をガムのように道端に向けて吐き捨てる準備はいいな?」
「マナー違反だ」
二人は一度、真後ろに動いて距離を取った。広場はもうすでにガタガタ、周りに人はない。二人の世界、二人の性癖。
直後、明良が凄まじい勢いで駆け出した。地面が砕けて泥が飛ぶ。
「ツイン乳トンッ!」
初めに一発、何もないところで力が解き放たれる。土埃が舞い上がって明良と久遠
の間に幕を作り出す。
そして、ほこりの幕を引きちぎるように、銀の玉が飛翔する。それをかいくぐることによって回避した明良は、勢いよく、前に踏み込む。
あと一歩、届く、明良は確信する、勝てる、叩き潰せる。
たとえ今から能力を発動しようと回避には間に合わない。明良は光を宿した腕を掲げて……
「人が、最も油断するのはいつだと思う?」
「ッ!」
「勝った。そう確信した瞬間さ」
直後、真後ろからとどろく風切り音、確かな衝撃と共に、ソレは、背中から、明良の体にめり込んだ。
「ゴッ!? はッ!」
「銀の玉をブーメランのような性質に変化させた。油断したな。そして、もう一つ」
見えない刃が、明良の首に添えられる。
「……ッ」
「銀の玉を爆発する性質に、空気を刀に変化させた。回避すれば爆発させる。このままならば首をはねる。どの道、お前に逃げる手段はない」
「……だ」
うめくような声。
「なんだ、遺言か? 幕切れ前にキャスト挨拶とはあまり上品ではないが、まぁ聞こう。なんだ」
「これで……ッ二つだ……ッ!」
「……? ……!」
「決めろッ! 心ォッ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
直後、凄まじい勢いで、久遠寺の頭が横殴りにされた。明良ではない、背後から忍び寄った心が、壊れた金属柵のパーツを使い、フルスイングでぶん殴ったのだ。
「かっ……!? はッ!?」
「勝ったと思っただろ? 油断したな……ッ!」
「っ! ひゅッ!」
いくら常識外れの異能性癖者とは言え、いきなりわけもわからない場所から頭部を強打されたのだ、これでダメージをおわないはずがない。
「お前は強い、お前の異能性癖は強い。お前の書いた“幼馴染の秘密の薔薇園”面白かったぜ」
「ッ!」
次の瞬間、重力の塊が解き放たれた、真横に向かって吹き飛ばされた久遠寺は、そのまま抵抗もなく植え込みの中に激突した。
「次は思いっきり語ろう。嫌いも、好きも、全部含めて。俺たちは、異能性癖者なんだから」
拳を高くに突き上げる。堂々たるガッツポーズ、そして心と目が合った。
「おつかれ」
「……ン。おつかれ」
二人は顔を見合わせて笑う。命がけの対決の直後とは思えない爽やかな風が吹き抜けて木々を軽やかに
ならした。
それはまるで、舞台上の演者に送る拍手のようであった。