第6話 神殺し
異能性癖者たちの監獄ジェイルとは一つの島だ。
それが長年をかけて発展し一つの都市となった形である。
俗世から隔離された孤島でありながらも、中に入れば大いに発展した都市と見分けはつかない。
インフラ整備までも整ったジェイルは、はたから見ればごく普通の大都市、暮らしやすくすら見えるだろう、しかし。
『諸君! 今こそわれらが王、西条定彦様のもとへ! 死与太珍教団万歳! 死与太珍教団万歳!』
巨大なモニターでは、平凡な男が叫ぶ姿が垂れ流されている。よく見ればその男は雄太郎だった。つまり録音した映像をずっと繰り返し垂れ流しにしているのだろう。
数人の権力者と、その権力者率いる特権階級気取りの愚者たちによる完全な支配。
これがジェイルの日常だった。
「雄太郎ってちゃんと幹部してるんだな。アホっぽいな」
とあるビルの屋上から眼下に広がる街を見下ろして、明良は呟く。
「なァ。お前もそう思うだろ?」
「ちょっと思ったんだけど」
「ん?」
「アンタって頭がオカシイの?」
「俺、お前のことを助けるために努力している訳だが?」
「努力の方向性が違うと思うけど……」
心は今現在、明良の隣にうずくまっていた。
二人がいるのは屋上。とは言っても、柵が設置されていて安全で、皆でお昼を食べたりたまり場にしたり……なんてことができるタイプではない。
貯水タンクや用途不明のエトセトラ、それらが設置された屋上は、普通出ることを想定されていないに違いない。
柵もない故には少しでも油断したら落ちてしまいそうな不安感がある。おまけに屋上には強い風が吹いている。
「まぁ、よっぽどのことがない限り落ちないから安心しろ。例えば、馬鹿みたいに身を乗り出して、下を覗き見たりしない限りは案外安全だ。それよりももっと身を乗り出してあっちの方を見てみろ。第三教会が見えるぞ」
「アンタ自分で言ったことの意味理解してる?」
「?」
何を言っているのかわからない。その意をしめすために明良は肩をすくめて見せた。
一方、心はどうしてそんな顔ができるのか。と、深いため息をつくと、うずくまりながら屋上から下の景色を見た。
無数のビル群の中長方形に切り取った空間がある。そこが死与太珍教団の第三教会。
大きな噴水や花壇で彩られた広場の最奥、真っ白な建物が立っている。そこに心の弟がいる。
「……本当にあそこにいるのかしら。死与太珍教団幹部の言葉、信じていいと思う?」
「ヤツが噓をついているとは思えない。そこは信じても大丈夫なはずだ。それにここまで来たんだ。突っ走るより他にねェだろうよ」
そこに付け加えるように明良は呟く。
「無策とも思えないがな。第三教会。おそらく雄太郎クラスの幹部か下手をすれば西条定彦本人がいる可能性だってあるだろうな」
「……定彦が」
「確定ではねぇけどな」
「もしも仮に、アイツがいた場合さ私をおいて……」
「安心しろ。並大抵の奴には負けねぇよ俺は」
「第六位は並大抵ってレベルじゃないと思うけど」
「……」
心は、うずくまったまま独り言のように吐き出した。
「神殺し……。西条定彦」
「随分と仰々しい二つ名だな」
風が吹く。白馬心は、まるで自分の体を抱きしめるように、うずくまったまま口を開く。
「女神の二つ名を持つ王を倒して、アイツは今の席に座った……。私も、直接戦ってるところを見たのは一回だけだけど、はっきりって桁違いだったわ」
「ソレは、俺より強いってことか?」
「そう……かもしれない」
目を伏せた心は、自信なさげにそう言った。
「そうか。まぁ、その評価はこれから覆すさ」
明良は自らの肩を回し、軽く言うとその場でステップを踏んだ。ゆるい準備運動だ。
「正直に言って、ものすごく危険だと思うわ……。かなうかどうかもわからない。あなたには関係ない。だから、これは本来、私が一人で何とかするべきことで……」
「くどいぜ白馬心。俺だって死与太珍教団には用があるんだ。勝手に一人の問題にしてんじゃねぇ。勝手に俺を巻き込まれた被害者にするな」
「……明良」
「安心しろ。危険なことにはならんさ俺も。お前も」
明良は薄く微笑んで、心の頭を撫でた。獣の耳がぴくぴくと動いた。目を伏せたまま心はうなずくと。
「信じる……明良を」
「ま、緩く構えとけ」
そして明良は心の首根っこを掴んで小脇に抱えるように持ち上げた。
「……ん?」
「今から飛ぶぞ」
「え?」
「五秒後に飛ぶ」
「え!?」
「頑張って着地するけどお前もケガしないようにしろよ。頑張れな」
「はァッ!?!?!」
「いっくぞ~!」
「チョッ!」
直後、明良は思いっきり飛び出した。二人の体が無重力にさらされる
「……あ、口は閉じてろよ」
一瞬の静止状態、そして一気に落下を始める。
すさまじい風圧が二人の体を殴って、景色がスピードに任されて溶けていく、明良はにやりと笑うと心を抱えたままもう片方の腕を地面に叩き付けた。
直後、クレーターと共に広場中央に着地した明良は夕焼け色の瞳を細めて笑った。
広場は如何やら死与太珍教団の憩いの場となっていたらしい。突如やってきた来訪者に無数の視線が向けられる。
爆音直後の静寂は数秒間続いた。その沈黙の糸を切ったのは明良本人であった。
「潰しに来たぞ死与太珍教団ッ!」
ダムが決壊するようにざわめきが広がっていく。
「な、なんだこいつ!?」
「お、おい。アイツが抱えているのって!」
「白馬心!? え、というかあれ生きてる……?」
「オイ、クソども! 来客だぜ? さぁッ!」
「ぅ……。っあ。アンタ……。まさか……ッ!」
「乳ッ! トンッッッッッ!」
「まっ!」
白馬心の叫びは、むなしくも轟音の中に搔き消えた。えぐれる地面、吹き飛ぶ死与太珍教団教徒たち。それららを引き起こした張本人は余裕綽々と言った様子で笑う。
「上のもんを出せ」
「……ッ」
抱えられたまま、白馬心は必死に口を動かした。
「まともじゃない……! アンタまともじゃないわ……ッ!」
「まともな異能性癖者なんかいねぇんだよ。くるぜ……」
明良の腕の中で心が息をのんだ。
二人の視線は噴水を挟んでまっすぐその先、死与太珍教団第三協会に向けられている。
「この精力。トップオブまともじゃねェ(かんぶクラス)のお出ましだ」