Vol.11 夜明け前が暗いなら、世界をおねショタで照らせばいい
もう、ボロボロのはずだった。
鋭辺の異能性癖『禁忌の花園』は直接的に精力を攻撃する。それに直接貫かれた定彦は体の内側を直接めちゃくちゃにされたと言い換えてもいい状況にあった。
肉体の方にも深いダメージが蓄積していた。
圧倒的な対格差のある相手にボコボコに殴られてそれでも立っていられたのは奇跡に近かった。
それだけじゃない。
そもそもが、立花明良という怪物に完膚なきまでにぶちのめされた後だ。
本来ならばまともに動ける状況ではないはずだった。
久遠寺も定彦も。
だが。
死与太珍教団はここまで来た。
定彦は今更この程度では止まらない。
死与太珍教団。死すらも、与太と笑う教団。
だから。
「っ」
「へへ……ハハハ!」
定彦は、この状況に置かれて、なお笑っていた。
顎を砕くような、強力なアッパーカットが定彦を襲う。会場のボルテージはもはや最高潮。割れるような声援があたりを満たしていく。
スラムを支配する王者鋭辺。対する反逆者西条定彦は完全にアウェイの状態。
定彦はブーイングを浴びながら両手を広げる。
「余裕ぶるなよ……」
「そう見えるか? 余裕がないな鋭辺ェ……」
「戯言を」
「異能性癖者の本懐だ」
そこに。鋭辺のこぶしが突き刺さった。一度、二度、の話ではない。
何度も、何度も、定彦の体中を殴りつける。
その度に歓声が轟く。ヒーローショーで悪の怪人を打ちのめしていくような有り様。
暴力の音が連続した。
正義の味方が悪の反逆者を一方的に打ちのめしていく。
にも、関わらず……。
「ハハハ……! ハハハハハッ!」
定彦は倒れない。それどころか笑いながら腕を大きく振り回す。
鋭辺に贈られる声援が。
定彦を嘲る声が。
徐々に小さくなっていく。
ボロボロになりながらも、何度殴られながらも、折れない。
鋭辺が思わず息をのんだ。それと同時にぼやくような声を漏らす。
「な、なんで……」
「愚問だな」
定彦は吐き捨てて、一歩前に進む。たった一歩。小さな一歩。どうしようもないくらい小さな距離。
しかし。
その一歩は何よりも大きな意味を持つ。
「ッ!」
鋭辺が後退する。
本来であれば、とるに足らない小柄な少年を前にして、思わず後ろに後ずさる。
「おねショタは。折れない。この程度ただのスパイスさ……」
ゾッとした寒気。
この時。
この瞬間。
鋭辺は、先ほどから湧いてきている吐き気の正体を理解した。
(こ、こいつは……ッ!)
恐怖。
その感情の正体を、鋭辺はようやく理解した。
もはや、声援はなかった。
(なん……なんだ。この……男……ッ!)
定彦の体が真っ青な光に包まれた。
今度こそ。
今度の今度こそ。鋭辺は思わず短い悲鳴を上げた。いま、この場で、異能性癖を展開することの意味を、定彦が理解していないはずがない。
(なんだッ! この男と……! こいつと!! このまま戦ってもいいのか!?)
ズドッッッッッ!!! という轟音と共に、真っ白な光が定彦に裁きを下す。
その光の中から西条定彦が前に出る。
「この程度の痛みは、痛みですらないッ!」
定彦が、鋭辺の腕をつかんだ。
「なっ!!! は、はなせ……ッ!」
「最強の……ッ!!!」
一瞬。
音が消えた。
直後。
ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!! ガぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
とういうすさまじい轟音が世界を震撼させた。
鋭辺 統。スラムの支配者はもうそこにはいなかった。天井に穴が開いて悲鳴が響く。
その中心。騒ぎの中心に立つ男は。堂々と片手を天に向かって掲げた。
「……ッこれが。王……」
それを見て、鋭く息をのんだ少女がいた。
アミア。
スラムで、ロンリーズから隠れて暮らしていた少女。
このスラムを牛耳る組織、ロンリーズを打倒して、自身が支配者の席を取ることすら狙っていた少女。
アミアは、自分の胸の前で握りこぶしを作って、深く、俯いた。
(ボクじゃ……足元にも及んでない……)
定彦も、鋭辺も、あまりにも強い。
きっと、スラムはおろか、この世界にとってはアミアなんて、取るに足らない存在でしかないのだろう。
アミアでは、王どころか、その部下の足元にすら届かない……。
なら。どうするか……。
(ボクも、つよくならなきゃ……)
ジェイルという、地獄の底。その、さらに底。支配体制が崩されて、閉ざされた世界は、けれどその中で大きな動きを見せていく。
「俺は、王になる」
定彦の宣言があった。
そしてそれは死与太珍教団の新たなるスタートでもあった。