Vol.10 お前たちを超えて
女装の狂人、西条定彦と男装の麗人、鋭辺 統。
二人の異能性癖者が激突した。
真っ赤な精力を体中に宿らせて弾丸のようなスピードで飛んでいく定彦は大袈裟なしぐさで腕を振り上げた。
死神がカマを振りかぶるような動きで、最強の矛がうなり声を上げる。
直後。
ドッガン!!!! という爆音がわずかに遅れて響き渡った。
不動の鋭辺に最強の矛を当てる直前。角度を変えて、それを地面にたたきつけた。まるでロケットのように空を飛ぶ。
真上から、叩き潰すように、異能の力を解き放つッ!
「最強の矛・繚乱!」
ズバババババババババババババババババン!
という鋭い音が連続する。その連撃はまさにお姉ちゃんハーレム。たった一人のショタを、無数のお姉ちゃんがもみくちゃにするような連撃。
「……」
すさまじい光が起こった、真っ赤な光が消滅して、白色の光が跳ね返ってくる。
まるでレーザービームのような光線が、定彦の体を飲み込んだ。
「ッ!!!!!!!!!! ぅ!!!!」
呻き、もがきながら光の中から離脱する。荒い呼吸を整えながら、アミアのもとにまで離脱した定彦はその場に膝をつきながらも笑う。
「これ、思ってたよりツエェわ。俺が死んだらお前も死んでくれよな」
「話がぶっ飛びすぎてないですか?」
「なんだ、死んでくれないのか?」
「絶対に嫌です。そもそも負けないでください」
「じゃあ俺を死ぬ気でサポートしてくれ。聞くぜ。ここから戦いを見てて、何か気がついたことはあるか?」
「……ボクは。異能性癖には詳しくありません……。だから、正直言ってちんぷんかんぷんです」
「それでもいい、素人目からの意見でもいい、何でもいいから話せ、しっかりしろ、お前は死与太珍教団の一員だろうが。自覚を持て」
「ボクはそんな恥ずかしい組織の一員ではありませんが」
アミアは、でも……。と言葉を区切ってからゆっくりと口に出す。
「あの人が、何かをしていたようには見えませんでした。ここから見ている分には、異能性癖が発動したようにすら見えなかったんですけどね……」
見えなかった。と。
「いつまで作戦会議に興じているつもりだい? それとも逃げ道の相談かなぁ? いま尻尾を巻いて逃げるならきゃわいいお尻をツンツンしたりはしないけれど?」
「煽ってんじゃねぇぞゴミ。薄汚いケツ晒して逃げ回るのはテメェの方だクソ」
何かをしているようには見えなかったと、アミアはそう言った。しかし現に定彦は明確にダメージを受けた。
あの激痛は幻覚や悪夢の類ではあるまい。
本人は何もせずとも、相手にダメージを与える。
考えろ。
(ロリコン……幼女。小さな女の子。子供、男の子……ショタ……それすなわち)
「触れてはならない禁忌ってところか」
西条定彦は原点に立ち返る。
ロリコンと、ショタコン。相反する、敵対するように見える二つの性癖、だが、その二つの根本は、よく似ている。
西条定彦は、おねショタを心の底から愛している。
包み込むお姉ちゃんと弱々しいショタ君。温かい抱擁と、揺らぐことのない受けと攻め。高貴なる、精神のやり取り、魂のまぐわい。
それこそがおねショタ。
西条定彦が、心の底から愛するもの。
そして。
西条定彦は、おねショタ好きである前に、ショタコンだ。
かわいいショタを心の底から愛して、究極のショタを手に入れるために人類の禁忌にまで手を染めた根っからのショタコン。
だからこそ、鋭辺の能力の理解に至った。
「一定の範囲に踏み込んだ対象。いいや一定の範囲に侵入した“精力”に裁きを与える。それがテメェの能力の本質ってところか」
「禁忌の花園と、そう呼んでいる」
「……」
「君の言うこと、正解さ。一定の範囲に入り込んだ精力に裁き、簡単に言うとダメージを与える。それが僕の異能性癖。まぁ、分かったところでどうしようもないってのがこの能力の強いところさ」
最強の矛が鋭辺に向かって伸びていく。赤い槍がその体を貫く直前、真っ赤な光にノイズが走って消え失せる。
「全然効いてませんね……」
「みたいだな」
「みたいだなって!」
「お前も死与太珍教団の一員なんだ一々焦るな、覚悟を決めてドンと構えてろ」
「……そんな組織の一員になったつもりはありません」
「そうか? 俺はもうすでにお前を俺の手元に置いておくつもりだぞ」
「そんなめちゃくちゃな……」
「かもな。でも。俺は欲しいものは全部手に入れたいんだよ」
そして定彦は笑う。
「世界も、お前も、究極のおねショタも、俺はすべてを手に入れる」
そして定彦は再び鋭辺に向かって踏み込んだ
「君の異能性癖は強い。それは認めよう、けどねぇ! 君は僕に傷一つつけられないんだよ!」
鋭辺が両手を広げて叫んだ。
そこに。
「ッ!!!! ガァッ!!!!」
凄まじい勢いでこぶしが付きたてられた。
形のいい顔がゆがんで白いこぶしがめり込んでいく。
「そんなもんはッッッッ! 関係ッッッ! ねェッよなァァァァァッッッ!!」
あまりにもまっすぐなグーパンチ。精力も何もこもっていない一撃。
普通なら、こんなことが起きるはずはない。
精力を宿した人間を何の力もなしにぶん殴れば、ぶん殴った方が絶命してもおかしくはない。
超分厚い金属の塊を、プロボクサーが素手でぶん殴ったところで塊が壊れることはない。むしろその逆。
ぶん殴った方の拳がぐちゃぐちゃになって終わりだろう。
それと同じことが起きるはずだった。
「本来なら。なァ」
うめく鋭辺に向かって定彦は続ける。
「異能性癖を使うには精力が必須、だが、それだとおかしい。精力が触れてはならない禁忌っていうのはお前も一緒のはずだよなァ!?」
「……ッ」
「お前能力発動中は自分に精力をまとえないんだろう」
決定的な一言だった。
正解、という答えの代わりにアッパーが飛んできた。定彦の顔面にこぶしが突き立てられる。
「んぐっ!?」
「その通り、正解さ。でも、それが何だっていうんだ!?」
喧嘩において、体格の差はそのまま戦力の差だ。
そんな差をなんでもないもののようにひっくり返すことができるのが異能性癖。
それがなければどうなるか。
「まさかッッッ! この対格差がッッッ! 埋まるとでも!?」
ドゴゥ! バキィッ! ズドゴンッ! という暴力的な音が連続する、全て定彦の体からもれた音だった。
小柄な体に、一方的な暴力が叩き込まれる。
全身を滅茶苦茶にされるような衝撃を受けて、定彦は笑う。拳を握って大きく振りかぶった。
当然あたるはずはない。
距離を取った鋭辺は鼻で息を吐きながら定彦をにらむ。
「ボロボロだね。ゴミ袋かな?」
「……すぅ」
軽く。
息を吐きだした。
己の中でボルテージを高めていく。
今こそここに示すとき。
己の力、おねショタの本質を。
「俺達は」
西条定彦は宣言する。
「ロンリーズを、ぶっ潰す」