第3話 女児女装男子
静寂に満ちた空間。カルト組織と言ってもやはり教会を語る施設。小さな城のような建物の内部は荘厳な雰囲気で満たされている。
赤い絨毯が奥まで続いている。何人かが腰かけられる椅子がそれに沿って奥まで続いている。
わざとらしいくらいに神々しいステンドグラスからはきれいな光が差し込んでいる。
そして。
ドッガァァンッ! という轟音と共に両開きのドアが吹き飛んだ。勢い任せに薙ぎ払われたドアは絨毯に木片を残しながら転がって長椅子たちを吹っ飛ばした。
「オイこらクソカルトォッ! いるんだろォ! 出てこォォォォオオオオオいッッ!」
ゴロツキのような叫び声が神聖な空気をたたき割る。金髪の巨乳愛ヤンキー、立花明良は両手を広げて続けて叫ぶ。
それにこたえるように、教会の奥から死与太珍教団の教徒たちが飛び出した。
「やかましいことだぜ、まるで猿の威嚇だなぁ!」
「敵襲か!? 敵襲だなァァ! ハハハハハ! ってことはコイツ殺してもいいんだよな!? いいんだよな!?」
「……。グルルルル。コイツ……危険、コイツ、教団への反逆者……」
轟音を聞きつけた教団員がぞろぞろと湧いて出てくる。
男女混合、十は越えよう死与太珍教団が明良の前に立ちはだかる。
「なななな……! 何考えてるの!? 何考えてるのよ!? 正気!? こんな……! こんな真正面から……!」
「問題ねぇ。宣戦布告なんだから」
「何が!?」
「宣戦布告なんだよ」
「だから何が!?」
明良は進む、一歩前へ。
「このジェイルで王の軍に歯向かうということがどういうことか教えてやる!」
「覚悟しろ! ゲチャゲチャにイッてぇからな! 原形をとどめてられると思うなよ!」
「我らが王! 西条定彦様の名の下に我らの勝利をッ!」
「「「「ウオォォォォォォォォォオオオオオオオッ!!!!」」」」
ステンドグラスを割りそうな程の叫びが満ちていく。吹き抜けの二階から、ぐちゃぐちゃになった椅子の向こうから、明良の真正面から、一気に死与太珍教団が飛来する。
光が生まれる。無数の光は、死与太珍教団の一人一人から溢れ出るオーラ、それ即ち精力。
圧倒的な力が、たった一人の少年を叩き潰すために動く。
「馬鹿が……ッ」
バッ! と、腕を真っ直ぐに振り上げた。純白の光が力の渦を生成し……
そして。
「乳……ッ!!!!!」
「トォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」
ズッガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンッ!!
凄まじい轟音が一気に解き放たれた力の大きさを物語る。
球体のオーラが、死与太珍教団たちを一瞬にして叩きのめした。絨毯が吹き飛んで木製の床が砕け散った。
「モブには興味がねぇんだよ。おら、連れて来いよ“幹部”どうせいるんだろうが」
「アンタ……」
「安心しろよ。俺は強いぜ」
「ほう。確かにそれなりの実力はあるらしいな」
ソレは、平坦な声だった。『男性 声』とでも検索すれば出てきそうなほどにごく普通の声。なんの特徴もない平坦な声の持ち主は、ただ無言で立っている。
普通の男だ。なんの特徴もない。
そして
「……ッ!」
明良は、その男の存在に少し遅れて気が付いた。普通の男は、ごく普通にそこに立っている。
中肉中背。短くも長くもない黒い髪。黒い目。そして、死与太珍教団の黒いロングコート。普通の男だ。本当に、ごく普通の。
「死与太珍教団に殴り込みをかけるとは、どれほどの愚か者がお出ましかと思えば……、なるほど、白馬心であったか」
「コイツはやばそうだ。ようやく嚙み応えがありそうなのが出てきたな……」
「え、全然何でもないように見えるけど……」
「……あぁ、普通だ。そして、こんな異常な空間にあって、普通に見えること、それこそが一番の異常……」
「……」
「隠れてろ。コイツはやばい」
その直後だった。
「それがわかっているのであれば。お前はすぐに逃げるべきだったな」
「!」
直後、鈍い衝撃が明良の体に突き刺さる。内臓がつぶれる、視界が真っ暗になるような吐き気と激痛、そして、その体は勢いよく真後ろに吹っ飛んだ。
「棒立ちでいてくれて助かるな、実に殴りやすい的だ」
「グッ……ハッ!」
「明良ッ!」
「俺のことはいい! 早くッ!」
建物から吹っ飛ばされて、中庭を転がり、噴水にぶつかって動きの止まった明良は短くうめきながらもすぐさま体を起こす。
口元をぬぐいながらも明良は思考を巡らせる。
(ありえねぇ……。殴られる直前まで気が付けなかった!? この俺が……ッ! さっき蹴散らした有象無象とはわけが違うッ)
「異能性癖」
平坦な声が滑らかに、明良の耳に届いてくる。
「僕は雄太郎。死与太珍教団三大幹部のうちの一人。女児女装男子をこよなく愛する者。明らかに自分の年齢よりも幼い子が着る服、それも女の子の服を着させられて赤面する男子はいいぞ」
「語ってくれてるところ申し訳ねぇが、ソレはありなのかよ。お前ら死与太珍教団はショタを愛する同好の士じゃねぇのか? 女児女装がただの女装ではなく“女児”女装になっちまう当たり、それをしているのはそれなりの年齢の男のはずだ。それはショタと定義できるのかよ」
「年齢の話か。くだらない戯言だ」
「ッ!」
ゴッ! という鈍い音と共に、重たいこぶしが明良の脇腹あたりを射貫く。
攻撃がやってくるまで、その攻撃に気がつけないならばソレはノーモーションで繰り出されるパンチを何の対策もなく受けるのと何ら変わりはない。
例えちゃんとした受け身や防御が取れなかったとしても、人は目に見えてやってくる衝撃には咄嗟に体をこわばらせて防御の姿勢をとるものだ。
しかし。
「僕の攻撃、君は何をされているか察する事すらできないだろう? 防御不可能、回避不能。宣言、あるいは予言しよう。君は僕になぶられて死ぬ。女児女装の良さを知る前に」
「ぐ……はッ」
通常ならば、内臓のすべてがぐちゃぐちゃにシェイクされていようとおかしくはない。
いいや……。
明良は、口元を伝う赤い液体をぬぐって口の中にたまった鉄の味を吐き捨てる。
正確には一度内臓は破裂した。しかし、明良の体に宿る濃密な力。精力が、明良の一命をつなぎとめる。
「土下座して、女児女装姿で死与太珍教団管轄の小学校に女の子として通うなら許してやろう。もちろん一年生だぞ。友達百人できるかもな」
「巨乳の女教師はついてくるか?」
「答えは自分の目で確かめるといい」
「イエスじゃねぇならお断りだ」
「じゃあ地獄の底で後悔しろ。我ら教団に歯向かった事を」
「後悔するのはお前たちのほうだ、言っておくが、俺はお前たちを許さねぇ」
風が一陣吹き抜ける、真っ直ぐに腕を掲げた明良は、それを合図にかけだした。