Vol.3 洋服を買いに行こう!
こぎれいな格好の幼女が一人。
その隣には、中世的な顔立ちのほぼ裸少年が一人。
場所は劣悪なスラムである。
「いや、この状況は不味いでしょう」
「どこが……かは、まァ流石に聞く必要ねェよな……」
茶髪ツインテールの少女はため息をつくと歩き始めた。
「おい?」
「ロンリーズと戦ってこのスラムを支配する。それはいいんですけどそんな恰好じゃあさすがにしまらないでしょう。クソ目立ちますしね……ここは一度お洋服を買いに行きましょうか」
「服……? このクソを煮詰めたような環境でか?」
「スラムにも服店くらいはありますよ……」
「ショボい服屋は勘弁だぜ。俺はかわいい服以外着ない」
「この際こだわりは捨ててほしいんですけどね……」
「かわいい服以外は着ない」
「そんな繰り返し言うことです? それ?」
「それが無理ならもうこれでいい」
「まったく、しょうがない人ですねぇ……」
「もしもいいのがなかったら暴れてやるからな」
「過激すぎませんか?」
スラムの道は当然整備などされていない。土がむき出しだし建物はつぎはぎだらけ。
全体的に薄暗いし、変な臭いまでする。
カスみたいな環境である。
そもそもが社会不適合者を隔離するジェイルの中の、さらに異端者を隔離する空間である。
当然、治安がいいはずもない。
中性的な美少年と小柄な幼女が並んで歩いていれば当然現れる。
「全部ぶっ壊してやるからそのつもりでいるんだな」
如何にも頭の悪そうな男が三人。ニタニタ笑いの男たちは定彦たちの行く手を遮る。
「おい!」
「最強の矛」
会話すらなかった。真っ赤な光が三人組を吹っ飛ばす。
「……で、お洋服っていうのはどういう方向性のをお求めですか?」
「地雷系とかいうのがあったらいいなァ。あぁ、でも髪型どうすっか……。いつもキョウコにやってもらってたからな」
「その年齢で人に髪結ってもらっているのです?」
「俺は一人では身支度もままならんぞ」
「これが王ですか……」
二人で並んで細い道を歩いて行く。しばらく進むと、やがて広い道に出た。
「おぉ……」
「この通りが商店街です! ここならまともなご飯とかお洋服もありますよ! 治安もいい方ですからゆっくり選べますね!」
「治安がいい……ね」
「おい! お前! 足元を見ているんじゃあないぞッ! このカスみたいな飯が四桁を超えるはずがないだろ!」
「そうはいってもねぇ、お客人、うちはこれでやってるんでねェ」
通りの真ん中で叫んでいる男がいる。
大柄の男が細身の男に向かって怒鳴っていた。今にでもバイオレンスな殺人事件が起きそうだ。
「調子に乗っているようだな……」
「調子に乗ってるのはテメェだろ。さっきからこっちが黙ってりゃいい気になるなよ筋肉達磨。俺はロンリーズから許可得てこの商売やってんだ!」
「知るか!」
「治安がいい?」
「あんなの特殊な例ですよ……怖いなぁ、目が合わないうちに行きましょ……それにしてもあの大きい人、頭がおかしんじゃないですかねぇ。ロンリーズのスタンスに文句言ったところで何も変わらないのに……」
「……ん?」
定彦は一度アミアの後ろに続こうとして足を止めた。
言い争う男たちのうち一人。大柄のほうの後ろ姿に、若干の覚えがあった。
「どうしました定彦さん」
「知り合いかもアイツ」
「えぇ!?」
「あぁ! 完全に知り合いだわアイツ!」
「うそでしょう!?」
大柄の男。坊主頭で筋肉質。腰にコートをまいた男は間違いなく……。
「久遠寺ッ!」
「ん?」
「久遠寺 久一!」
「定彦か……?」
大柄の男はゆっくりと振り向いた。
坊主頭でひげ面。胸元がザックリ開かれたシャツにカーゴパンツ。腰にはコートを巻いている。
死与太珍教団 三幹部のうちの一人。ショタ×ショタの久遠寺 久一。
「うわ。本当にお知り合いなんですね……」
「オイテメェ。何よそ見してんだ!」
「黙れ貴様!」
久遠寺はさっきまで揉めていたやせ型の男を殴り飛ばすとそのまま定彦たちのいる方に向かってかけだした。
気が付くと、定彦も走り始めていた。
「久遠寺!」
「定彦!」
「久遠寺ィィイイ!」
「定彦ォォォォオ!」
道のど真ん中で二人は交差するそして。
「なァに負けてるんだこのおねショタ狂いがァ!」
ドガァン! と。すさまじい音が響いて、小柄な体が地面にたたきつけられた。
「ぐふぅッ!」
「えぇぇ!? お友達とかじゃないんですかぁ!?」
「あれだけ派手にやって敗北。冗談じゃないぞ貴様」
定彦の体にまたがった久遠寺は定彦の肩をつかんでグワングワンに揺らす。
「ま、待ってくれよぉ……。あと少しだったんだってあれはよぉ……」
「究極のショタとやらを完成させたまではよかった。白馬守を連れ去られたのは確かに俺の責任だ。だが、貴様は言ったな。俺と雄太郎が守を取り戻すように進言したとき。お前いったなぁ?」
「かわいそうは究極のスパイスなんだよ! 可哀想にするには一度幸せにする必要があったんだぁアァァァァアアアアアアア!!! うぅう、しかた、なかったんだ……。究極のショタを完成させるには、しかたなかったんだよぉぉぉぉおおおおおおお、うっうっうっうっ、おえっおぇっぅ、ひっひっふぅ……ひっひっふぅ……おぇっ、おうぇっ……!」
いい年齢をした大の男が泣き叫びごねる。情けないという次元は遥か昔に通り越している。
定彦は駄々っ子のようにしばらくごねるとフゥ。吐息を吐き出し、寝転がったまま真っ直ぐに久遠寺を見上げた。
「本当にすまない。俺の責任だ、力が及ばなかった、情けない限りだ」
「もういい」
久遠寺は立ち上がると深いため息をついた。
鋭い瞳で定彦を見下ろしていた。
そして、その場に座り直した定彦はその続きを待った。
「……」
「いつまでそうやって寝ているつもりだ?」
久遠寺は、そう言って、定彦に手を差し伸べた。
「まさか、この程度で腐って、それで終わり……。ではあるまい?」
あぁ、そうだ……。
定彦は、にやりと笑うとその手をつかんで立ち上がった。
「まだ終わんねぇよ、あったりめぇだろ」
「それでいい。して、どうするのだ?」
「まずスラムを支配下に置く。だからスラムを支配してるロンリーズをブッ飛ばす」
「分かりやすくて助かるな。それで、ロンリーズとはどうやって戦っていく?」
「このアミアが何とかする」
「……え?」
「そうか。教祖殿がロリを連れているとは珍しいこともあるものだと思ったが。そういうことか。よろしく頼むぞ」
「えぇっ!? ボクは!」
「……。何の騒ぎかと思えば。新入りがはしゃいでいるのか」
「全く、節度のないサルはこれだから……」
「まぁまぁそれをわからせてやるのが俺たちの仕事でしょ?」
「あ?」
「ん?」
スラム街の商店街、ボロボロの道のど真ん中、三人の男たちが歩いてくる。
いいや、それだけじゃない……。
「こ、これって……!」
「うむ」
「如何やら囲まれたって奴らしいなぁ?」
気がつけば大きな通りの左右から男たちに挟み撃ちにされていた。それだけじゃない。
細かい通りや屋根の上にも敵対的気配を感じる。
「動くなよ不審者ども、お前たちは完全に包囲されている!」
「……。ほう、幼女が一緒か、ならばその子をそちらに差し出せ。そうすればお前たちは許してやらんこともない」
「噂に聞くロリ狩りか。ロンリーズはロリの囲い込みを行っているらしい……」
「……。どぉする?」
「わざわざ聞く必要がるか?」
「まぁ。間違いないな」
「まさか……!」
「「真正面から叩き潰すッ!!」」
「殺せェッ!」
「「「「ウオオオオオオオオオオオォォッ!!」」」」
ロンリーズのメンバーが、一斉に定彦と久遠寺に飛びかかる。
直後、凄まじい爆音がスラムを揺らした。
「定彦。その恰好はまずいからこのコートを羽織っておけ」
「あ? なんだ? 別に裸でも問題ないだろ、ひょっとしてお前俺のこと女の子扱いしてるんじゃねぇだろうな」
「裸なのをよしとするのは女の子扱いしてないんじゃなくて人間扱いしてないだけなんじゃないですかね?」