Vol.2 ロンリーズ
「まぁ、美味かったよ、ごちそうさま」
「そうですか。変な味覚していますね。頭がおかしいんですか?」
場所はスラム。謎の少女の自宅と思わしき構造物の中。何かしらの肉と何かしらの葉っぱと、いつのものかもわからないパンで構成されたサンドイッチを無理やり平らげた後の会話がそれだった。
「人が気を遣ってやったっていうのによ……」
「ボクにはふさわしくないしょっぼいサンドイッチです。こんなの豚でも食べませんよ」
「お前結構口悪いよな……」
「ん?」
定彦がそう言っても、少女は首をかしげるばかりだ。ド天然でこの口調なのだとすれば中々の破綻っぷりだ、どこか大切なものが壊れているのではないだろうか。
「……あれだな、けがの治療から飯まで、何から何までお世話になって申し訳ないな」
「おぉ、本当にそう思ってるならこのボクのお願いを聞いてもらえますよね?」
「んじゃあそういうことで、俺、もう行くわ」
「えぇ!?」
「それじゃあこれで!」
定彦はなるべく元気にそう告げると、立ち上がってブルーシートののれんを手で押した。
その時だった。
「あ?」
「ん?」
目の前に、二人組の男が立っていた。
スーツの男たちだ、ハゲともじゃもじゃ。どちらも大柄で定彦よりもはるかに大きい。
「なんだこの……男、でいいのか? 兎も角、そこをどきたまえ」
「用があるのはそこにいるロリにのみ、お前には興味がないのだよ」
「……そこにいるロリ?」
後ろにいるのは、一人だけ。ぼろ布を被った、名前も知らない少女。
「あぁ……なるほどな」
「お前は利口だな」
「あぁ、ロンリーズには向かうことがどういうことかをよくわかっている」
男たちが、定彦の横を通り過ぎていく。
「や、やめて! 来ないでッ!」
ぼろ布の少女に、男たちがにじり寄っていく。手狭な空間に大柄な男たちの存在は非常に大きい。
小さな世界が、男たちに蹂躙されて行く。
定彦は。
それを見て。
「……。気に食わねぇな」
一言。
本当に、消えてしまいそうなほど小さい一言を吐き出した。
「……。なんか」
「言ったかんじ?」
「気に食わねぇってんだよゴミどもが……ッ!」
ドッッッ! という爆音とともに、真っ赤なひかりが放出された。山火事を人のサイズに閉じ込めたような赤がスラムの一角で巻き起こる。
「ッ!」
人知を超えた力。それすなわち『精力』が敵を滅する為に解き放たれる。
「正気かキサマ! ここで我々に歯向かえば死ッ!」
最後までは続かなかった。
真っ赤な光が、炎のような揺らめきが、一つの形に収束されて、解き放たれた。
もはや音すらなかった。
気が付いた時にはスーツの男の片割れ、禿げ頭はもういない。
「……。お、お前……」
「……」
無限の可能性を秘めたエネルギー。『精力』を、すべてを破壊する槍として解き放つ必殺技。無敵の盾すら突き崩す最強の矛。それすなわち……
「最強の矛」
うめき声のような囁き。もじゃもじゃ頭の男は生唾を飲み込んで定彦とにらみ合った。
「第六位。神殺しの西条定彦……!」
「認知いただけているようで何より。今、泣いて許しを請えば許してやることを考慮しなくもねぇ」
スーツの男は一瞬だけ呻いてから定彦の小柄な体を軽く突き飛ばした。
「……」
「はは。ビビらせるんじゃない。大方、王の席を追われてスラムに来たということだろう、お前はもう、王でも何でもないんだ。そんなお前が、スラムの支配者、我らロンリーズに何ができる!?」
男は大きな体で定彦を見下ろしながら詰め寄った。
それに対して、定彦は肩をすくめてため息をつくのみだった。
「わかってないな」
「あ……?」
「お前はわかってない」
「ッ!」
凄まじい光が再び起立していく。無数に別れた真っ赤な光は燃え盛る火炎、あるいは咆哮をあげる九尾の狐。
男が一瞬ためらってから後ろに下がった。
だが、
もう遅い!
「死与太離詩ッ!」
ズドッ!!! ガァァァァァァァァンッ!
というすさまじい轟音が響いた。スーツの男がどこかに向かって飛んでいく。
破壊をそのまま形にしたような真っ赤な槍が、男を吹き飛ばす。
「俺は王だから強かったんじゃねェ。強いから王だったんだよ」
圧倒的な力だった。どっちが強いとか、なんだとか、もはやそういう次元の話ではない。
スライムを狩るのに思考はいらない。ただ決定ボタンを押せばそれでいい。
そんな力の差。
それが。
「王の力……」
気が付くと、少女のまとっていたぼろ布と家のような構造物は、はるか彼方に吹き飛んでいた。
茶髪のツインテールが揺れる。ダークブラウンの大きな瞳がキラリと輝いたように見えた。白いシャツにデニムのスカート。スラムという劣悪な環境にあって、小奇麗な格好に身を包んだ少女はその場にへたれこんだまま笑っていた。
「……。ロンリーズね」
「え?」
「スラムの支配者。切り崩すならまずはそこだな」
西条定彦はそう言って少女に向かって手を差し伸べる。
「俺についてこい。俺が全部ひっくり返してやるよ。お前はそれに協力しろ」
「正気ですか……」
「マジだ。今からこのスラムを支配する」
「……、だったら、協力者はあなたです」
その場に座り込んだままだった。それでもその言葉は力強く、槍のように定彦の体を貫いた。
定彦は笑って告げる。
「中々見どころのあるやつだ。俺は西条定彦。よろしくなァ」
「アミアって言います」
「アミア。お前がショタじゃないことは残念だが、ま。ゆるくいこうぜ」
「この人……。大丈夫なんですかね……」
そんなこんなで、二人はこれから進んでいく。
ロンリーズとの戦いが始まった。
「お前が少し天然はいってて敬語で甘やかしてくれるお姉ちゃんだったらなぁ」
「ボク敬語ではありますですよ?」
「お前が少し天然はいってて敬語で甘やかしてくれるお姉ちゃんだったらなァ!!!」
「狂人ってこんな風に鳴くんですねぇ。ワンワンみたいな」