Vol.1 それゆけ死与太珍教団“元”教祖
立花明良に完全敗北した西条定彦はそのままジェイルの最深部、スラムに投獄される。
ボロボロの格好のまま数日間失神していた定彦を助けたのはスラムの幼女アミアであった……。
幼女に助けられた定彦はそのままスラムの支配者ロリコン集団ロンリーズとの戦いに巻き込まれていく……。
悲しい過去や、決定的な理由があったわけじゃなかった。
大切な誰かを失って世界に復讐を決意したわけでもなく、特別なきっかけに突き動かされた訳でも無い。
ただ単純に生きていればそれだけ解る。いかにこの世界が腐っているか。どいつもこいつも偉そうで、どいつもこいつも勘違いをしている。
誰もが自分がこの世で一番偉いだなんて勘違いをしていて、誰もがまるで神を気取っていた。
本当に。もう本当に、純粋に気に入らなかった。
だから、ぶっ壊さなくてはいけないと思った。
ジェイルの王に上り詰めて、究極のショタによって自分たちの力を押し上げて、第一位を倒す。その後はジェイルの外にある国を支配下に置いて、この世界を完全なるルールで、優しい秩序で満たすそう思っていた。
「テメェ神にでもなったつもりか?」
投げられた言葉が、トゲとして刺さったまま抜けない。
「グッッッッ!!!!! ハァッっ!!!!!????」
小柄な体が空を舞う。吹き飛ばされていく、ぶっ飛ばされていく。何の言い訳も効かない程の完全敗北。
王の席も、教祖の資格も奪われた。
第六位の除籍はもう確定だろう。
すべてを奪われて、西条定彦は空の向こうに吹っ飛ばされて、天に昇りながら地獄に落ちていく。
もう、何も見えなかった。
西条定彦は敗北した。死与太珍教団は今日ここに壊滅した。
「……ッ! がっ!」
まるで、電撃を流されて息を吹き返すようだった。
空気の塊を吐き出すような音とともに、西条 定彦は目を覚ました。
穴の開いたトタン板とブルーシート、腐った板材や黒っぽいテープ。それらをつぎはぎして作られた屋根は乱雑なパッチワークのようであった。
思考がうまく繋がらない。どうにも空回りしている。
頭の中がとっ散らかっている。
「あ……あぁ?」
視野がにじんでいくように広がっていく。ここに来て、定彦は漸く気が付いた。
(ベッド……?)
如何やら自分は今ベッドらしき場所に寝かされているらしい。医療施設かと思ったが違う。
それにしてはお粗末だ、掛布団はぼろ布のようだしマットも布をそれらしく形を整えたのみだ。
ベッドと思っていたが形としては布団のようだ。
ゆっくりと体を興していく、まだダメージが残っているからか、それともただ単に寝すぎただけなのかはわからないが妙に体が重たい。
ぼろ布が重力従って落ちると同時に緑色の髪がほほをくすぐった。
トレンドマークのツインテールはいつのまにかほどけていたらしい。
どうにも記憶が曖昧だ。
立ち上がってみれば更に気が付くことがある。まずは自分の恰好。
学校の制服風のブラウスもカーディガンも消え失せている。腰に辛うじてスカートだったと解る布を巻き付けただけでほとんど全裸。
「お気に入りの服も台無し……と。クッソ、立花ァ……ッ次あったらただじゃおかねぇからな」
随分とみすぼらしい格好になってしまった定彦は、まず自分の状況を理解する、すると今度は周りの状況の確認だ。
寝転がっているだけの時は気が付かなかった妙に狭い部屋にいる。多分二畳もないだろう。おまけに天井がとてつもなく低い。
比較的小柄な定彦がギリギリ立っていられる程度のゆとりしかない。
人が住むことなんてとても想定しているようには見えないが、壁には服(と思われる布)や壊れかけの時計なんかがかけられていて妙な生活感がある。
そもそも誰かがここに自分を運んだはずだ、なんて考えて定彦はその場に胡坐をかいて座り込んだ。
ミシィ……ッという嫌な音が鼓膜を引っ搔く。劣悪なんて言葉じゃ足りないほどに劣悪な環境だ。
「実はもうすでに死んでてここは地獄だって言われてもギリギリ信じちまうぞこれ……」
劣悪な公衆トイレより最悪な環境に腹を立てつつも、定彦はその場から動かない。
何も初めからここにいたわけではあるまい。恐らく自分をここに運んだ誰かがいるはずだ。(定彦としては美少女風で声変わり前のショタか大人エッチなお姉ちゃんを希望する)誰かに対してそれなりの礼儀というものがあるだろう。
定彦はそれなりに礼儀を重んじる。自分を助けてくれた人がいればそれなりの筋を通すつもりだ。
手足の感触を確かめながらあくびを喉の奥で押し殺した定彦は自分の真後ろに人の気配を感じて振り返った。
屋根と同じく乱雑なパッチワークの壁だ。
その向こうに誰かがいる。
その誰かの気配はゆっくり移動しながら定彦の隣側(よく見ればそこだけのれんのようになっていた)までやってきた。
そして。
「ん? おお! やっと目が覚めたんですね!」
のれんをくぐって、誰かが入ってくる。
「……は?」
その人物は、誰か。という言葉以外に表現のしようがない人物だった。
異能性癖発動中の雄太郎のように特徴や違和感が希薄になっている、というわけではない。
違和感はマシマシだ。
なんてったて全身をぼろ布で覆い隠している。頭のてっぺんから爪先に至るまで完璧に。
小柄ということは分かるがそれ以外の特徴が一切ない。声も男女どちらにも聞こえる印象だ。
「うん、特に問題もなさそうで安心しましたよ! なんせボロボロの状態でゴミ捨て場に捨てられていましたからねぇ。最初は死んじゃってるかなとも思ったんですよね! ハッハッハッ!」
全身をぼろ布で覆ったテルテル坊主みたいな不審者はやたら元気な声で定彦の体中を触りながらそう言った。
「助けてくれたことには感謝するが、女の子が気安く男にボディタッチするもんじゃねぇ。俺はショタコンだからいいが場合によっては勘違いされかねないからなァ」
そう、全身をぼろ布テルテル坊主の手のひらでまさぐられていて気が付いたことがある。
コイツは間違いなく幼女だ。ショタコンである定彦はそのくらいのことなら余裕でわかる。
幼女、ひどい話に、定彦は思わず息を吐きだした。
「はぁぁぁぁあああああ!」
「わっ!」
「なんでお前ショタでもお姉ちゃんでもねぇんだよ! ロリは違うだろうがロリは……!」
「ボク、一応は貴方の命の恩人ポジションだと思うんですがね」
「関係ないね。こんな仕打ちがあってたまるか」
「この人めちゃくちゃだ! 助けたの間違いだったかな……」
「その件に関しては礼を言っとく、助かった。けど悪いな。ここに長居するわけにもいかねェんだ。邪魔したな……えっと。少女よ」
「そ、そんなこと言わないでくださいよ! ほら、ゆっくりしていけばいいじゃないですかぁ? ねぇ?」
「なんだお前!? くっつくな気持ち悪い!」
ぼろ布の少女は慌てて定彦の腕に縋りつくと甘えるような声でそう言った。
「いかないでくださいよ! 何のために貴方を助けたと思ってるんです!? ボクのいうこと聞いてもらいますからね! ボクは命の恩人なんですから当然ですよねぇ!?」
「テメェ! 本性表しあがったな! 俺は誰かに命令されるのが一番嫌いなんだよ!」
少女を突き飛ばした定彦は舌打ちをしてから思い出したように中指を突き立てた。
「ご飯も買ってきたんですよ! ほら見てください! この美味しそうなサンドイッチを!」
「パッサパサだな、まずそう」
「それでも腹持ちはしますよ? おなかすいたでしょう?」
「すいてねぇ」
顔を隠した少女はにこりと笑う。それと同時に、お腹がなった。
「さぁどうしますかぁ?」
「……腹は減ってる」
「だからぁ?」
「……ごちそうになります」
この世の地獄の底『ジェイル』そのさらに底『スラム』劣悪な環境にようこそ元教祖様。
そんな嘲るような声が聞こえた気がした。
どうやらこの世界は思っていた以上に暗いらしい。
かくして、定彦の新たな物語が幕を開けた。
「所でこのサンドイッチに挟まってるの何の肉?」
「えぇぇ? あっははははは!」
「おい」